腕から先のゆめ
乾 加津也

その日の美術の科目は
自分の
もう片方の腕のデッサン

 写実主義の鉛筆は
 大気の成分のようにすみきっている
 大陸棚から
 波紋のようにそそりでた喜望峰にゆきつけば
 五指しめす照準 むすぶ理念は青臭くも気高い
 真珠貝にダイブした手首
 は
 海流のしたたかさで
 アポトーシスに呼吸を与えはじめていた

それがいま
生活におわれ 思考も与えず
これをひたすら隷従させていたりする
それでもぼくらはいたずらな毎日を繰り返しているのではない
ただ少し
自分の腕を
(信じる奇跡を)
後回しにしているだけだ


◇ ◇ ◇


 防空上ノ必要ニ鑑ミ一般疎開ノ促進ヲ図ルノ外特ニ国民学校初等科児童(以
 下学童ト称ス)ノ疎開ヲ左記ニ依リ強度ニ促進スルモノトス
                         (学童疎開促進要綱)

 疎開先に送り出し
 一日千秋 安否気遣う我が子に宛てて
 (親御さんのみなさんの)手紙を送ってさしあげますと
 元気をくださる
 親切な先生に

 高ぶる気持ちと裏腹に 自分に読み書きができないことの
 くやし涙をひたすら堪え
 どうしてよいやら 悩みぬいたその母が
 「これを」といって託す一枚の
 墨でまっくろな
 節くれだらけの自分の
 手形
 だから


◇ ◇ ◇


むすんでひらいたちいさなもみじにも似て
ならばこんなことばもこえて


あ い の ひ と ひ ら よ

と べ


自由詩 腕から先のゆめ Copyright 乾 加津也 2010-09-11 17:31:37
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