いつかまた、会えるから、(マリーノ超特急)
角田寿星



「水没した都市」の駅でアクアバイクを借りて
ハシケを曳きながらとろとろと岬沿いを走っていく
俺とあんちゃんは
一宿一飯の恩義で仕事をおおせつかった
沖合に座礁した小船の積荷を採ってきてくれ という
中身は? 本ですじゃ…本?
都市が水没する時に図書館の司書だった爺さんは
小船に蔵書をありったけ載せて避難した
ただ それも
逃げ遅れた人をひとり救いあげる毎に
ひと山何キロで大切な本を惜しげなく海に投げ込んだ という

偉いじゃねえかよ爺さん あんちゃんが感動する
偉い爺さんのためにひと肌ぬがなくっちゃあな
なんのなんの 嘘じゃ といたずらっぽく舌を出す爺さん
かくて明くる朝 俺とあんちゃんは小船へ向かった
俺は右腕の義肢に蟹除けの笛を巻きつけ
ひゅんひゅんと鳴らす 蟹に喰われないように
命がけで下らないことをするのは
なにもこれが初めてじゃあない

梯子をかけて甲板に昇る
船室のドアの取っ手が外れて顔を見合わせる
俺とあんちゃんは
真っ暗の船倉を往復しては
水気を少なからず吸った本や紙片をかき集めた
満杯のハシケを曳くアクアバイクはまっすぐ進めない
みんながみんないろんなものに酔っ払いながら
塩まみれ海藻まみれで運んできた本の山を
爺さんは生き別れた孫でも待ち受けるように出迎えた

いそいそと本を仕分ける爺さんに
あんちゃんがはにかむように言った
爺さん この本を一冊 オレにくれ
背表紙にはかすれた文字で
『大宇宙冒険野郎〜キャプテンエックと愉快な仲間』
俺とあんちゃんがガキの頃 擦り切れるまで読んだ本だ

そうだ いつだって本を開くと
記憶の扉がぎい と開いてキャプテンエックが顔を出す
「やあ また会えたな ずいぶん大きくなって」
俺たちとキャプテンエックは
久しぶりの再会に肩を抱き合う
キャプテン オレたちも宇宙に行ったんだ
あんちゃんが顔を上気させて報告すると
キャプテンエックは瞳をまるくして喜んだ

「ふむふむヘリウム3か…オレたちの時代にはなかったな」
大昔の未来人がおかしなことをつぶやいている
そう 俺たちが勇躍飛び出した木星近くの軌道で待っていたのは
ヤツらの放つ退去勧告だった
なんでも木星から向こうはヤツらの領有域で
宇宙連合的にただしい手続きを踏んでるんだと
俺たちは宙域侵犯で条約違反もはなはだしい と
非難がましい警告だった
「なるほどそいつぁ××××だ」
キャプテンエックはさらりと禁止用語を口にする
キャプテン あんた相変らずだな

なあキャプテン 俺たちはあんたになれなかった
地球はあんたの役を演じられなかった
反抗をくりかえす愚かな先住民
それが俺たちに与えられた
ただひとつの役柄だった

それでこのざまさ
俺とあんちゃんはそれぞれの義肢をみせる
「冗談じゃねえ」
冗談じゃねえ 今じゃあんちゃんの口癖だ
「ここからまさかの大逆転てのがキャプテンエック様だ そうだろう?」
現実的には無理だがあんたが言うならそのとおりだろう
「お前らもまだあきらめちゃいねえな 眼を見りゃわかるよ」
諦めてたら今時こんな生き恥晒しちゃいねえよ
「にしても…ほんとに何にもなくなっちまったんだな」

なあに 昔っから何にもなかったじゃないか
この本を読んでたガキの頃だって
俺とあんちゃんとキャプテンしかいなかった
今日は思いもかけずキャプテンに会えた それで充分さ
「立派になったなあ ほんとに立派になった」
あんたはオレの親父かよ 笑い合いながら
目線で別れを告げ本を閉じて
爺さん どうもありがとう
あんちゃんは『大宇宙冒険野郎』を爺さんに返す
無言のままじっと見つめる爺さんに
明日も行くよ 本を採りに
俺たちは手ぶらで
暮れゆく浜辺のほうへ歩いていった



自由詩 いつかまた、会えるから、(マリーノ超特急) Copyright 角田寿星 2010-09-04 02:02:57
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