指先の向こうには
AB(なかほど)

  一

窓から見える
白い
卯辰山

きれいだね
と言えなかった

のに

君は
微笑んでいた



  二

フェンス横
に自転車


ゲイラカイトは


  高く

    高く

  高く


帰る
とこへ



  三

そこには
今でも伝えたいことがあるのに
子供の頃の魔法は
もう使えない

忘れてしまおうか



  四

おいでおいで
しゃぶった指で障子紙 ぷす
さて その指 抜いたら
三輪車に乗る僕
を押しているのはだれ
体の弱かったのはどっちだったっけ
四畳半の世界で
だれかが押している
僕が指さすほうへ
指さすほうへ
指さすほうへ
押している
ケッ
と鳴いて
獏は帰ろうとする
喰えたもんじゃないってことは
まだ見ることができるんだろう

僕の指さすほうへ
進む世界には
君も押してくれた
指先の向こうには
まだ消えていないんだろう

ねえ
律儀にも獏は
側に寄ってきて
障子紙の穴 塞ぎ じろり
獏の指先は君の指先のように
白くなって



  五

あの飛行機はどこに行く の


見上げたままで答えた母


同じ空    (遠いはずなのに)
同じ雲

手を引いた子に


僕もまた

見上げたままで答える



  六

その頃、島に出来た一番大きな公立病院には
内地帰りのインターンがいっぱいいて
優しい看護婦さんもたくさんいて
当時流行りのアスピリン中毒になったお姉ちゃんは
見事に治療してくれたけど
僕の腹下しは原因不明だと
なんの治療もできなかったらしい

この難病を食事療法だけで解決してしまった
嘉手納の町医者の待ち合い室には
祖母よりもずっと腰の曲がったおばあ達がいて
まだ幼稚園に行く前の僕の身体をさすったりしていたのだろう
指から甲、手首に連なるハジチを覚えている
僕の腕と手の甲と大腿の静脈からちょっとずれたところには
注射失敗の痣が今でも残っているが
(とくに大腿静脈は最後の手段なのか、とてもひどく)
そのひとつひとつをさすってくれた手があった
はず

ときどき
しらずしらずに
指先は痣をさすりながら

僕の中の何かを治してしまったのは
もう指を伸ばすこともできなかった
あのあばあ達の手だったのかもしれない
けれど
嘉手納の町医者もハジチもなく
語って確かめる相手ももういない



  七

少し遅れて桜が散る場所を覚えていた


ほだ木の並ぶ道を歩いて
ふとふりかえると
立山の形がぼんやり海に浮かび
もしかして僕はあそこに行きたかったのかな
なんて思えてくる


忘れていたのは

とにかく
たったひとりで歩くとこなんかじゃない

ってこと


うつむいていても
足下に花が散っている



  八

てえのばすん
どんなんかおしてるか
じぶんではみえへんけど
せいいっぱいのかおして
あんたのほうへ
てえのばすん
こっちむいてくれへんでも
ええ
きっとないてまうし
ほんのいっぽのはばのみぞあって
こえられへん
のはあんたかうちかもわからへんのやけど
てえのばすん
もう
あんたのかおかてみれへんのやけど
うちのかおかてみえへんのやろ
そんでも
ときどき
ひとさしゆびとなかゆびが
ぴくうとするのだけは
そんだけは
うちのせいやてわこてるんやろか
そんで
そんで
なんどもなんどもなんども
もいちどおもうて 
てえのばすん
から
いつかはむぎゅう
てして
むぎゅう




  九

朝市のすみっこ
わら細工売ってたおばあはん
いっつも海のほう指いさして
     あそこあそこ
て言わはった

これなんですの?
     あそこあそこ
どこでつくりはったの?
     あそこあそこ
これいくら?
     あそこあそこ
今日も売れへんの?
     あそこあそこ
なんも聞いてへんのに
     あそこあそこ

おばあちゃんのうちは?


ひとつ風の吹いた朝
ゴザの上には嫁人形がひとつ
だけ

今日は来てへんの?

   あそこあそこ



  十

振り返るとしょっぱいばかりの
帰りたい日々と
帰りたい街と
帰りたい部屋があって
部屋の中で
古い絵本を
古いアルバムを
古い手紙を
開くように
めくる指の
いつかのささくれも
いつかの深づめも
いつかの指切り
と同じように消えて

忘れた頃に
あの日の君が
誰かがどこかで泣いているよ
って
その指先の向こうに佇んでいる
のはきっと木枠の窓から見える

の下
佇む僕は
振り返るとしょっぱいばかりなのに
帰りたい日々と
帰りたい街の
たんぽぽの種が飛んで行く
空へ
君の指さす方へ
君の指さす方へ
その
指先の向こうへ



  十一

小さな台所のその窓から
ようやく陽射しが入り込んできたので
裏庭に目をやると
かたつむりの姿はもうなく
ハナムグリが葉の表にまわり出してきた
きらきら光る堅羽を持ち上げ
何かに喜びながら
飛ぶ


まだ明星が残る半島で
漁から帰る船を振り返りつつ
山道をじゃりじゃりと進み
少し細いクヌギの木の下で
帽子を逆さに持ち 
思いきり幹を蹴飛ばすと
甲虫がボトボト
と帽子にも頭にも地面にも落ちてくる

ミヤマやヒラタよりも
ハナムグリが多く混ざっていると
僕にとっては一石二鳥なのに
兄ちゃん達は 
   ちぇっ
と放り出す
地面に落ちる前に
飛べ

  ギンガーミー



しばらくは涼しい森の
風の匂いのたっている気もしていたが
裏庭に面した道路の工事の音に
簡単にかき消され


トランプをしていた相棒にコーヒーを渡すと
 何を指さしていたのか
と聞いてきた

そうか
知らずにさしていたのか

いや、今 
裏の通りをトム・クルーズがF4で飛んでった

冷たい鼻笑いで愛想つかされたが
しかしながら
僕のハナムグリを肴にされるよりは
まだましだろう


たいしたことではない
ほんの暮らしの盲点や句読点で
儚いというほどのこともないけれど
事実は
光るハナムグリが指先の向こうへ
飛んでった だけ









自由詩 指先の向こうには Copyright AB(なかほど) 2010-09-02 17:09:28
notebook Home 戻る