『渦の女』
川村 透

彼女はレースの手袋をしていた
日傘の陰の中に棲む渦巻のように道に迷い
信号を渡ると必ず赤になるのだった
僕たちは警笛と仲良くなって
赤いビートルのボンネットにひと蹴り入れてからひとごみに消える
街角のキュビズム
スクランブル交差点で彼女はくるくると日傘を操る
レースの指先が渦を巻いて都会の昆虫人たちを射る
彼女が傘の柄をゼリービンズのように磨き終えてもまだ、信号は変わらない
途方に暮れたように僕を見て首をかしげてみせる
昆虫人たちは赤、青、黄、にてらてらと
頬(らしきもの)を染めたまま
舗道のへりを蹴ってノミのおぼつかなさでブラウン運動に出かける
彼女も日傘の陰から向こう岸を望み
振り向いて僕を促すように和装じみたクラシカルな衣装の裾を翻すんだ
途端に彼女の、
足元から渦潮が生まれて青の絵の具のように溢れ交差点を飲み込んでゆく
昆虫人たちはたちまち流れに足を取られて
あわてて--ブブ--と羽を鳴らし、いっせいに宙に浮かんだ
人型の虫たちがスクランブル発進するさまは、金色の嵐、みたいで彼女を
見失いそうになる
と、もう、彼女は
交差点の向こう岸でくるくると日傘を操っているではないか
僕と彼女を隔てている道路にはとうとうと川が流れ渦を巻いている
彼女が手を振っているその白い手袋から細い糸がほつれ川底を渡って僕
の足元にまで届いている
あわてて、
それを手に取るとくねくねと糸は生き物のように動き僕の小指の根元にからむ
きゅうと締め付ける糸に指は麻痺し根元が赤く赤くルビーのように腫れ
ぷつりころりと小指が切れて落ちた
拾うとそれはストロベリーの香のするどきどきするようなゼリービンズ
いとおしくて、なでさすり、夢中になって磨くうちに
それは日傘の柄に育ってしまい白い白い傘の花がぽんっと開いたら、
いつの間にか僕のすぐそばに彼女がいて
僕の廻りをぐるぐると巡りながら
僕を白い糸で繭に閉じ込めようと笑っているではないか
ほのかに彼女の残り香をはらんで糸は際限なく生まれて来る
彼女はレースの手袋をしていた
その白い手袋から細い糸がほつれ
ほのかに彼女の残り香をはらんで糸は際限なく生まれて来る
僕の廻りをぐるぐると巡りながら
僕を白い糸で繭に閉じ込めようと彼女は笑っているではないか
僕はこのまま、
白い大きなゼリービンズとなって彼女になでさすられ磨き上げられて
いつか、
この都会に棲む昆虫人として孵化し、育てられ、
あの、金色の嵐、の、ひとかけらに、なるのだ。


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【初出】Fcverse


自由詩 『渦の女』 Copyright 川村 透 2003-10-10 17:07:09
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