その教師は間違っている
殿岡秀秋

席替え

小学校三年生になって担任が変わった。しばらくするとその女性教師は席替えをした。授業に集中しない生徒を前の方に集め、静かに授業を聞く生徒を後ろの席にした。だいたい男が前の方にあつめられ、女の子が後ろの方にいった。行儀のいい男だけが後ろにいかされた。
ぼくは落ち着きのない生徒だった。授業中に席を立ちはしなかったが、始終からだを動かしていた。
ぼくは前から二列目に座っていた。後ろの席にまわされることを期待した。しかし、担任はぼくの名前を呼んで、そのままでいいと言った。女の子のかわりに隣に乱暴な男の子がきた。これまでは授業中は平穏だったのに、いつでも緊張しなければならなくなった。
この席替えはしばらくして元にもどされて、また男と女とで並ぶことになったが、ぼくには長い期間に感じられた。

注意

担任は授業中に、ぼくの貧乏揺すりを注意した。ぼくが給食費を忘れると、クラス中に響く声で、名前を呼び、給食費はどうしたと尋ねた。
テストの結果を返すときに、ひとりずつ前へでて、担任からうけとって帰る。担任がぼくの背中に声をかけた。
「きみはいつか一番ビリになるよ、今は違うけど」
ふりかえったぼくをにらみつけながら担任は言った。ぼくは驚いたが、そのまま歩いて自分の席に座った。そのようなことを言われたのはぼくひとりだった。うつむくと木の机の黒い染みがにじみながら広がっていく。

親の仕事

担任が休み時間にぼくを呼んだ。黒板の前に座る教師に机をはさんで立ったまま向き合った
「おかあさんは働いているの」
「うん」
「どんなお仕事」
ぼくは答えたくなかった。腰から下の脚を蟻の脚のようにこすりあわせた。それから膝で8の字を描いた。
「働いているんでしょう」
「ええ」
「何の仕事なの、言いなさい」
担任の言葉の勢いに、ぼくは言わなければならないと思った
「飲み屋」
「飲み屋だって立派な職業じゃない」
ぼくは教師に背中をむけて、机からはなれてトイレにはしった。担任のコトバが後をおっかけてくる。
「飲み屋だって立派な職業じゃないの」
その声はどんどん大きくなってぼくを包む。ぼくは両手で耳をふさいでだれもいない男子トイレにうずくまった。

父兄面談

ぼくが大人になって家に帰ったときだった。母がぼくの荷物を片づけていた。そしてポツリと語った。
「貴方の担任がね。私にお店をやめろというの。仕事のせいで貴方が落ち着きがないと言われたの。あのときはまいったわね」
そんな会話があったことを、二十年を経てぼくははじめて聞かされた。ぼくの気持ちをわかってくれて代弁してくれる教師がいたのか、とそのときはおもった。
ちがう。担任は騒がしい子どもたちを手前において監視しようとした。担任にとって目障りなぼくの動きを封じたかった。そのために、親の仕事をやめさせようとしたのだ。
子どもが落ちつかない原因が母親の仕事にあるなら、どうすればいいか、母親とともに考えようとはせずに、子どものぼくには「立派な職業じゃないの」と言っておいて、母親には「子どもに落ち着きがないのは、貴方の仕事のせいだ」と言った。
その担任の教師はいつも水玉のワンピースを着ていた。



自由詩 その教師は間違っている Copyright 殿岡秀秋 2010-08-15 22:07:03
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