悲鳴
寒雪



周囲を菜食主義者に囲まれた
異様な雰囲気の中
屠殺場では
今日おいしい肉になる予定の
何も知らない牛が
屠殺人にひもを引っ張られて
おずおずと場の中心に現れる
説明することもなく
粛々と準備は進み
声を挙げることの出来ない観客たちの
固唾を飲む音が刻まれた命の残り時間を
無機質にカウントダウンしているかのよう


屠殺人の右手に握られたピストルが
無表情な牛の額に狙いを定める
人事のような牛の瞳が
興味津々で銃口を見つめる
その光景を観客たちが
身を乗り出さんばかりに凝視し続ける
一秒が何時間にも感じる時の中
ついに


パン


乾いた銃声
一瞬のうめき声
その後に倒れこむ牛の体
ショーは終わった
堰を切ったように
一斉に罵声を浴びせる観客たち
なんて悲惨なものを見せるのだ
血が流れていて不快そのものだ
だから動物を殺すのはだめなんだ
彼らだって同じ生き物のはずだろう
観客たちの止まることのない怒声を尻目に
屠殺人は牛の顔に手をかけると
皮膚をはがすみたく
ぺろん
とかぶせていた物を素早く剥ぎ取った


そこには
牛の顔ではなく
真っ赤に染まったよく熟れたトマトが
言葉を失った観客たち
何が起こっているのか理解不能だ
屠殺人はおもむろに観客の方を向いて
聞こえるか聞こえないかくらいの声で
こう呟いた


野菜たちの悲鳴を聞け
罪深い者たちよ


自由詩 悲鳴 Copyright 寒雪 2010-08-03 06:37:08
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