立会川のひと
恋月 ぴの

い、痛くないの?

男のひとの満足げな顔って決して嫌いではないのだけど

京急立合川駅って普通電車だと運転免許試験場のある鮫洲駅からひと駅
競馬の好きな方なら大井競馬場への最寄駅で通り良いかも

翔太さんと判れたあと
自暴自棄になっていたのかも知れない

友だちの友だちから紹介されたようなひとだったのだけど
別れたひとのこと忘れられそうな気がした

はじめは普通のひとっぽかった

彼の住まいは大井競馬場とは反対側、東海道本線の線路にも近くて
夜更けなら開けっ放しの窓から煙草の煙で煤けたカーテン越しに汽笛が聞こえた

「夜が明けたら一番早い汽車に乗るから…」

あれは浅川マキってひとの歌だったような

彼が時折口ずさんでいて

二人して痛飲した晩、彼は変貌したというか欲望を露にした

女のひとでも穿くのを躊躇するようなフルレースの真っ赤な下着
見慣れたケミカルジーンズの下に穿いていて
ハイレグの際から顔を覗かせた下腹部を抓って欲しいと私にせがむ

手加減しないでくれると嬉しいのだけど…

なんでも小学校六年生のとき
綺麗だと評判な女の子にパンツ下ろすように命じられて
ひと気の無い体育館の片隅で彼が泣き出すまで蹴られたり抓られたりしたのだとか

それってイジメじゃないの?

私の問いかけに彼は幾度となく首を横に振って
複雑な家庭環境とか中学受験のストレスを僕だけが受け止めることできたんだ

彼女は初恋の相手だったし何よりも彼女のこと僕は大好きだったんだ

私でも知っているモデルさんがそのときの彼女だって彼は呟いて

そんな彼女の身代わりでも欲しいのか
その夜から逢うたびに変態じみたことせがむようになった

はじめは好奇心あったんだけどね

彼が弱電関係の会社へ就職したのを機に彼との関係を絶つことにした

関連会社のお嬢さんと結婚したって人づてに聞いたけど
あんなこと奥さんにもせがんでるのかな

多少なりとも立合川の水質も改善されてきたのか
ボラの大群が川幅いっぱいに遡ってくるとニュースでやっていた

夏の夕方になると運河沿いらしい潮臭さに満ちていて
いつ洗ったのか判らないような汚れたシーツに青白いもの滑っていて

「夜が明けたら一番早い汽車に乗るから…」

あれは浅川マキってひとの歌だったような








自由詩 立会川のひと Copyright 恋月 ぴの 2010-08-02 19:10:42
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