夜(は液状に波及する)
手乗川文鳥




 地球上のすべてのおともだち
 起きていますか
 これが世界の夜です
 想像しうる限りの細く高い断崖を
 脳の荒ぶる日本海に築いてください
 その先端で風に圧されながら
 体育座りをしている人
 それが夜明けを待つあなたです


告白しよう
私は片付けられない女だ
つまり捨てられない女だ
部屋の中は年中死屍累々だ
昨日、腐りかけた男を姿見の後ろに見つけた
私の父親だった
恋人は飲みに出てから帰ってこない
私が家で待っているからだ


 地球上のすべてのおともだち
 これが夜の雨です
 あなたがたが眠っている間
 雨は戸口を叩いて
 あなたがたの睡眠を試します
 決して眼を覚ましてはなりません
 空と地上が
 逆さまになっていると気付いて
 そのまま空の底へ落ちてしまうから


早く片付けなくちゃ
到来するのよ、私の新しい国が
追いやられていく私と屍の大移動
猫が
窓辺で目を細めている(迷惑そうに)
「はたらきたくない!はたらきたくない!」
大学ノートを埋め尽くした文字が
ページから飛び出し部屋中に舞う
「もう紫蘇でいい、わたし紫蘇になりたい!」
雑念から雑念へ
巣から落ちて干涸らびた鳥の雛が
やがて骨だけになって
コンクリートにへばりつき
模様になる、庭


 家と、家と、家とを、
 線で閉じていく、交わらないように、
 わたしが夜中に叫んでも届かないように
 台無しにしよう、夜中に、
 わたしが恋人を罵っても、照らされないように
 家中の柱が意志を持って
 わたしの頭が打ち付けられるのを避ける


到達する、波。
此岸はみるみるせり上がり、
みちみちた海水が泡だって降り注ぐ、
かき消える声と声、
錠剤ならばもう捨てた、次は何を捨てるのか、
揉まれながら解けていく精神を押しとどめる、
(恋人の性器にぽえむと名付けたのも)
(ずっと昔のことだから)
肉体を縁取る名前をもてあそんで、
流れ出てしまったものになんの注意も払わなかった、
これが真夜中)
「まだかえってこん、まだかえってこん、」
姿見の後ろを見ないようにして
もっと深く目を閉じる
あれは父親なんかではなくて、/沖縄で育った友人が/海で泳げなくなった理由を/思い出す/水死体の膨らみ方について/老人と思ったそれは/観光にきた大学生であったことについて/
より濃く腐食していく影、
帰ってこいよ、なんでも(いいか、ら
夜明けの圧力が散漫した部屋で居直っている
散って!/象形文字を気取った埃が/崩れ落ちて/遂に声から意味を奪う/更に透明度を下げる部屋/
顔も分からなくなって/
ようやく、
私は優しくなる
甘いものをあげようか、
     (ぽえむと名付けた)


 本当に、眠ってしまって。
 雨、ばかり降ってて空が逆になる。









自由詩 夜(は液状に波及する) Copyright 手乗川文鳥 2010-08-02 18:52:59縦
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