辻褄
プテラノドン

 朝、目覚めると家中クモの巣だらけ、湯気が立っているものもあれば
冷気を発しているものもある。つまり、部屋の中は煙が立ち込めていて、
まともに息も吸えやしない。気が狂いそうだ。おまけに、クモの巣の多くには
読むにたえない罵詈雑言のメモ書きに始まり、呪術めいたレシピの数々、
(ご丁寧にその効果まで記されている)中には聖人ぶった詩の一節もあり、
油絵も引っ掛かっていた。それに関して、額縁としては最低だったが
作品としてみるなら悪くなかった。何故なら、そこに描かれていた時計の
針がさす時刻が、僕の生まれた時刻と同時刻だったからだ。
僕は三十年間を振り返った。冷静と情熱の狭間で揺れていたのは
永遠という煙草の煙だった。なんてことは馬鹿らしいし、どうだっていい。
僕はそのとき隣に居た、クモの巣に磔となっていた男に煙草を勧めて言った。
「生活は向上したのか?」
磔男は毅然とした態度を崩さず、きっちり煙草を吸い終えると
空間性のともなわない言葉の空虚さで満ち溢れた現実に対する
怒りをぶちまけた。小便といっしょに。で、僕は磔男と距離をとりながら、
―たとえどんなに家畜用のトラックが臭かろうが、うるさかろうが、
ニワトリを乗せた車が撒き散らす羽毛を眺めるのは悪くない、と言った。
磔男はいよいよ気に入らなかったのか、「お前もか!」と怒鳴り声を上げて、
ペッと唾を飛ばした。唾は空中でパッと広がりクモの巣になった。
その場から僕は逃げだした。しかし、家の外へ出た後も追いかけるように、
二階の窓からは唾が飛んできた。僕は体中にまとわりついていたクモの糸―
そこから数枚のメモを引きはがし―ピンクチラシよりも卑猥な言葉を
自分でもびっくりするくらいに大きな声で読み上げた。すると二階に居た
磔男は雷のような唸り声を出すや否や、ゲロを吐いた。それは見る見るうちに
雷雲に変化し、夕立となって辺り一帯に土砂降りの雨を降らしたが、
僕は目覚めたばかりだったので夕立というより朝立ちだった。


自由詩 辻褄 Copyright プテラノドン 2010-07-30 23:59:18
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