精算
プテラノドン

 コインパーキングから出ようと精算したら、隣に止めていた車の
料金を払ってしまった。めげずに、もう一度コインを投入すると今度は
そのまた隣の―といった具合で、運転手たちはさまざまな母国語で、
ありがとうとかさよならと言って去って行き、覚えた言語から逆算すると、
ゆうに百台分は払ったことになる。その事で、僕くはいくらか
賢くなれたのかもしれないが、脱出する手立ては一向に見つからなかった。
そんな姿を(オフィスから)眺めていたのか、目の前のビル入口から
老人が現れ、心配や親切心とは無縁といった様子の命令口調でまくし立てた。
僕は素直にそれに従い、看板に記されていた番号に電話すると、すぐさま
男がやってきた。何というタイミング!僕は腹が減っていたので、
フランスパンを注文した。本当はカレーが食べたかったのだが、
最後に挨拶をしたオープンカーを運転する男が
フランス人だったので仕方ない。せめて、話しかけてきたその老人が
インド人だったらよかったのに!こうして僕は、コインパーキングから
抜け出すチャンスを逃してしまった。車はひっきりなしにやってくる。
持っていた有り金も底をついてきそうだ。おまけに僕は酔っていた。
内緒にしていだがシャンパンも頼んでいたのだ!
シャンゼリゼ、シャンゼリゼ通りの袋小路に迷い込むなら
矛盾さえ受け入れられる気がした。
しかし、そことは別の片田舎で雨が降りだした。
通りをかけ足で横切る者たちのせわしない足音から外れて
一人の女性がこちらへやってきた。僕はドアを開けて彼女を雨宿りさせた。
このまま雨が止まなきゃいいのに、と思った。雨の勢いは強まる一方だ。
コインパーキングに残る一台の車。車内に充満する煙草の煙。そのとき
僕らが何をしていたのか、ぜひとも想像して欲しい。手を振っていたのか、
聞いたこともない言語を口にしていたのか、遠ざかるエンジン音は雨に
かき消されていく。





自由詩 精算 Copyright プテラノドン 2010-07-22 01:50:26
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