ひかりに照らされた洞窟
吉岡ペペロ

きょうは雨曇りで涼しくてからだが楽だった
オフィスの窓に雨粒のしぶきが散らばっていた
ふがいない部下を怒りながらじぶんをダメ上司だと思った

なにこいつに、オレの自尊心傷つけられてんだよ、

シンゴは曇り空のひかりに目を向けながらそうため息をついた
そとの雨の音はきこえてこなかった

お客様だと割り切れることが恋愛だと割り切れない
恋愛感情は自尊心を攻撃する
イガタアヤコとそんな話をしたことがある

恋愛感情かあ、もうひとつ割り切れないものがあるよ、

なに?

部下指導、

まだ、あるよ、

え、なに?

親のひとこと、

甘えかなあ、

相手の立場を見失ってしまうのかも、

想像力の欠如!

イガタアヤコは三年ほどまえ離婚を経験していた
それはシンゴも知っていた
そしてしばらく気持ちを病んでいた
それもシンゴは知っていた

カワバタくんは不倫専門だもんね、

それがなにか?

あたし経験ないけど、女の子からすると、距離ぜったいとるよ、

距離ねえ、

距離でもとらなきゃ、自尊心傷つくだけじゃない、

ふっと去年サヤマという男と明け方に見た暁の寺を思い出した
東の空、地平すれすれにオリオン座が傾いていた

星座みたいなもんかな、

なにが、アヤコがすっと首を長くさせた

距離って、

さいきんシンゴはじぶんの部下に、いや、上司としてのじぶんに距離を感じていた
じぶんのイメージとじぶんとの差異
そんなものを感じていた

感覚的ではいけないと明確に目的や手順をつたえても部下に一発でつたわることはなかった
それが度重なると自尊心をやられシンゴは部下を怒った

ヨシミが電動自転車でいってしまってから一日もたたぬうちにシンゴは電話をしてしまった
コールが繰り返されるたびじぶんのなかで何かが傷つけられた
今あのころほどの爪痕がないのはヨシミに電話をしなくなったからだった
でもシンゴはそれが嫌だった

カワバタくんには家庭があるから、女の子はいつもどこか遠慮してたはずよ、

遠慮、そうかもな、

カワバタくんがいっぱい電話して、彼女がそんなのぜんぶ出てたら、フィフティフィフティじゃないでしょ、

だからあいつは電話にでてくれなくなったってことか、

それ自尊心よ、

じぶんをなくして考えようとしたけれどダメだったなあ、

不倫じたい、じぶん中心の考え方じゃない、

そうです、無理でした、

シンゴのまえに怒っているといつも禅問答みたいになってしまう部下が立っていた
きょうオレは、シンゴはじぶんがイライラしていると思った
それがもう自尊心を傷つけはじめていた

別れてからもなんどもヨシミに電話をした
留守電にいれるばかりになっていった
留守電までのコールのあいだシンゴの何かが傷ついていた
なぜかメールをする気にはなれなかった

ヨシミの誕生日のまえの日、シンゴはとりつかれたようにヨシミに短いメールを連打した
会いたい、からはじまって、オレは重い病気だからとか、ヨシミとの性的思い出だとか、呪いのような誹謗中傷、訳のわからない自慢話、・・・・
ヨシミのメールが容量を超えたようだった
送信してもあふれて受け付けられなくなっていた

翌日メールは着信拒否になっていた
電話はそうなっていなかった
さいごに話をしたとき

大丈夫だよ、あたし全然怒ってないよ、ヨシミにそう言われてシンゴはしずかに電話をきった
それ以来電話をしていない

ひとしきり怒ったあと提出書類を一緒にチェックした
なんでこんな奴らがのさばってるんだ、そう思った
それは部下に対してというよりじぶんに対してであるような気がした
シンゴはあごだけうしろに向けてオフィスの窓に雨の音をさがした
じぶんをダメ上司だと思った
洞窟のなかでシンゴは突然ひかりに照らされていた
ずっとそのままにされていた






自由詩 ひかりに照らされた洞窟 Copyright 吉岡ペペロ 2010-07-20 00:18:24
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