7時15分の女
salco

シャネルの前にはいつものように孤独な乙女が
「私の志集」を薄い胸の前に掲げて佇立している
思えば20年以上前から立っているけどリレー制なのだろうか
夢多き若気の士心は1部300円というのに誰も買わない
多分、それは胸にしまって歩くべきもので、
突っ立って他人に売りさばくべきではないからなのだろう
何故なら生はままならない

新宿駅西口前にはテントが2張、
何かの屋台になっており、仕事帰りのサラリーマンや
退屈の余り覇気の出たOLがいい気分になっている
まだ9時前で、明日は金曜というのに不況のせいで雑踏も
どこかしょぼたれており去年の今頃より隙間が多い
京王デパートの方では誰か若い男が下手くそな歌をがなっている
夢というのは主観の楽園だから、悲惨な幸福状態というのは同様に
傍観者の頭の中でしか成立しない
例えばそれはヤク中のトリップとか、雑音でしかないこの声と楽曲だ
などと考えながら私は見知らぬ肺ガン仲間に混じって煙草を1本吸う
ニコチン&タールの摂取も堂々の悲惨組で


空車タクシーがのろのろ回るロータリーの向うにあるビルの
34階には、自分を19歳だと信じ込んでいる女が棲んでいて
毎晩7時15分になると全裸で窓に立ち下界を眺める
髪が膝裏に届くほどだから30は超えているのではないかと思うけど
ここからだと顔なんか見えないから本当のところはわからない
高い所にいるから体だって誰にも見えはしないんだけど。
それに今は時間が違う、あの窓はもう暗い

女は19歳の心のまんま大きな窓辺に立って見下ろしている
多分、歌でも口ずさんでいるのではないかと思う
するとその目は恐れと喪失に見開かれているのだろう
喧騒を外界に閉じ込める厚いガラスに体をくっつけて天使のように
薄い乳房と柔らかなお尻をしているのだろう
それで体の前面がすっかり冷え、瞬きを忘れた眼球がすっかり乾く頃
つまり7時20分になる前に、女は窓枠から床に下りて
部屋の中央に置かれた巨大な中華鍋へと戻るのだ
それが女の寝床だから

鍋には乾燥クコの実が8分目まで入れられていて、足を乗せると
南国の汀のような音を立てる
紅い貝殻の眠り。
あどけない女は中に潜り込むと、知った男の数だけオナニーする
立ち去った男達、ずるい男達
疲れ切った男達、いくじのない男達
水気に触れた赤い実がいっぱいくっついて愛らしい香りを立てる
毎晩、そうして淋しい悦びの内に眠る
何故なら言葉は何も印さない。


自由詩 7時15分の女 Copyright salco 2010-07-16 19:36:25
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