しみ
有末

その気負いが私には大層いとおしい、そんなことを言うときっと彼女は隠しきれない屈辱を半月から漏らしつつ、ありがとう、なんて返すのだろう。そうして堪らずに伸ばしたように向かってくる私の腕を拒絶できまい。衿持にかけてそれを許さない。可愛い彼女は!!

美しい文章を書く頭の良い女の子に抱く愛情は幾分か屈折していて、その真っ直ぐなほの暗さに羨望を覚えて半ば憎しみと嘲りを感じるがゆえに厄介なほど私を蝕むのだろうか。しかしこんな冷たい愛があってよいのか、私は自問しただ衝動の瞬間を待っている。

彼女のあまり美しいとは言えない顔に浮かぶどこかおどおどした窺いを覆う、鼻持ちならない衒学的な言葉とか、そこに垣間見える安物の懐古主義とか、察してくれといわんばかりに強烈な臭いを放つ被害妄想、暗い過去、悲劇の物語、とか、その全てが堪らなく愛しい。私に会うときにはいつも買ったばかりの服を着てくるところも、可愛らしい。そして煩わしい。

彼女がひとりの典型であるように私もまたひとりの典型だ。彼女が愛しながらも疎む母親、彼女の軽蔑を買う父親、彼女が妬む美しい姉、そういった人々もまた典型である。母は当たり前のように病がちで、彼女の血流に緩やかな呪詛の言葉を流し込んだし、父親はそのおおらかな愚かさで彼女を苛立たせた。物事を単純明快に捉える美しい姉、誰からも愛されているように見える姉もまた、紙上の一筆画のごとき希薄さから逃れられない。

鉄棒は縦の文字列ではなくその脇の空白なのではないか、それ以上を許さないのはその沈黙によってなのではないか。だから実際と私が呼ぶ世界のなかで、私が手を伸ばすのは美しい姉にであり、諦めに染まった陰鬱な視線を感じることすらできないはずなのだ。でも私は、救いたい。彼女を。

救いたい?大袈裟な言葉だ。偽善だ。私はただ媚を売りたいだけなのだ。この世界から私を突き落とす一人の女に。忌々しいあの目!!まるで打ち捨てられた老犬みたいな!!

翻るスカートの裾に目眩を覚える。凡庸さは私を幸せにする第一条件なのだ。暗さなど知りもしないように日向で微笑み合うべきだ。

彼女が吐き出す負け惜しみの祝福の棘をゆっくり摘まみとる。理性と論理でメッキを施された僻みを呑み込む。なるほど、とても上手な言い方だ。でもただの不愉快な猿真似じゃないか。結局、全てが借り物だ。私のこの嫌悪と憧憬が彼女の愛読するさる小説の滑稽な模倣物であるように。しかしおよそ全ての世界に模倣に端を発しない行いが?模倣であることが何か低俗だと感じる気持ちすらただの模倣であるというのに?

私は可愛い彼女を選びはしないし、手を伸ばすこともないのだろう。与えられた役割を忠実にこなして愛しさなんて微塵も見せないまま不思議な微笑と彼女が形容する顔を張りつけたまま落ちていく。あなたのそういうところは好きよ、そう言った彼女になんのことはないとでもいうようにありがとう、と。そして沈黙が私たちを捉える。その後に私たちがどうなるのか、静止したままに淀み続けるのか、それとも巻き戻されるのか閉じられるのか…そんなことは気にすべきことではない。だからただ私はまったいらな微笑みだけの紙上の一筆画に還元されよう。


自由詩 しみ Copyright 有末 2010-07-15 17:25:19
notebook Home