あいつが捕まえにくる
涙(ルイ)

うなされて目が覚めました
いつものあの夢で です


20年前の春
覚悟を決めて かあさんと兄と私3人で
あの家を出てきました
暴力を繰り返すあの男から逃れるため
なにも贅沢なんて望みません
ただ人並みの幸福を
それだけを求めて家を出てきたはずでした


幸福になるため 幸福をつかむため
そのためにスタートさせたはずの生活は
必ずしも思い描いていたものとは違っていました
かあさんはいつもイライラしていたし
兄は兄で 専門学校を半年も行かずに辞めてしまい
ひきこもりがまたはじまってしまいました
こんな自分にしたのはお前のせいだと云わんばかりに
気がむかなければ暴力をふるうようになっていました
まるでそれは あいつが生き写しにでもなったかのようでした
私15歳 高校受験の真っ只中の出来事でした


かあさんは疲れきってしまっていました
いまでいうところの「うつ病」にかかってしまったのです
先のことを考えると夜も眠れないと云っては
かかりつけの病院から強い睡眠薬をもらっていました
私の役目は かあさんの愚痴を聞くことでした
子供のころの話から 結婚してからされてきた仕打ち
「なんで私ばっかりこんな目に遭わなきゃならないの」が口癖でした
私はその役を 自ら進んで買ってでたのです
それは 私はかあさんの敵ではないということ
味方だということを さりげなくアピールしたかったからです
受験の日は最悪でした
兄がまた暴れ出したため 私は知り合いの家から会場に向かいました
誰にも祝福されることなく 私は高校に合格しました


合格してからの私は まるで気の抜けた炭酸飲料水のように
すっかり目標を失ってしまっていました
だけど ぽっかりと空いてしまった心を
誰にも見せることはできませんでした
兄は相変わらず暴力をふるう毎日で
かあさんは私の高校の授業料を払うために必死で働いてる
そんな中で私がもしも「どうして生きているのかわからない」
などと どうして云えるでしょう
かあさんは相変わらず私に愚痴をこぼしてきます
私ももう限界でした
とうとう学校へ行けなくなってしまいました
かあさんは驚いていましたが
私はその理由を云いませんでした
云えませんでした
かあさんは自分の愚痴を他人にこぼすのは得意でも
人の悩みを聞くのは苦手な人でしたし
なにより 私が弱いところをみせようものなら
ここぞとばかりに「あの家に帰れ」と云いかねなかったからです
私は母を恐れていました
正直に云います 
母の愚痴を黙って聞いていたのは
母の思いに共感したからではなく
ただ単純に 嫌われ憎まれ疎ましがられるのが怖かったからです


二十歳の誕生日になったら死のう
それまでは何食わぬ顔で 普通のふりして生きていこう
母にも誰にも この思いは伝えはしない
どうせ誰も理解することなんてできないのだから


月日は過ぎて 
気がつけば二十歳の誕生日も
とうに過ぎてしまっていました
私はまだ生きています
兄の暴力に疲れきった母は 離婚調停を起こし
あいつに兄を引き取らせることで問題を解決しようとしたのです


母は住込みの仕事をみつけ
私も東京で仕事をみつけ
必死になって働きました
給料は安かったけれど 
それなりにやりがいもあったし
仕事に没頭している時間は
余計なことを考えなくても済んだから


もう昔のことなんて考えなくてもいい
これからは先のことだけを考えていけばいいんだ
私を待ってる世界はどんなものだろう
辛いこともあるだろうけど
今までの人生に比べたら そんなもの




うなされて目が覚めました
またいつものあの夢で です



忘れられると思ってました
もう大丈夫だと思っていました
でもダメなんですね
忘れたふりをしていても
なにかの拍子にひょっこり顔を出す

あいつらはどこまでも追ってきて
必ず私を捕まえてぐちゃぐちゃにしていくに決まってる
今度は殺されるかもしれない
それ以上にひどいことをされるかもしれない


自分の声に驚いて 目を覚ますと涙を流している
そんなことの繰り返し


所詮夢は夢なのだから
「夢でよかった」と胸を撫で下ろしたいのだけれど
目覚めたときのあの胸焼けするような思いを
どうしても うまく処理することができなくて


悔しいのです
悔しくてたまらないのです


たぶん こんな思いをしているのは私だけで
あいつらは馬鹿みたいに呑気に暮らしてるんじゃないかと
それを考えただけで腹がたってしょうがないのです


幸福になりたい
幸福にならなければ


立ちはだかる過去に真っ向勝負ができる
そんな確固たる自信がほしい


負けるもんか 絶対
負けるもんか くそったれ
負けるもんか お前なんかに
負けるもんか 自分自身に




負けるもんか
負けるもんか


自由詩 あいつが捕まえにくる Copyright 涙(ルイ) 2010-07-14 18:53:40
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