閉ざされた地区から
綾瀬たかし

 
 
 
【閉ざされた地区から】



 金網越しに覗いたそこはまるで別世界のようだった。

 平和という言葉なんて程遠い
 黒く渦巻いた殺意が唸りを上げ
 血に飢えた狂気が蠢く

 もしも地獄というものが本当に存在するならば
 きっとそこに見た情景がそうなのだろうと思うほど
 向こう側に広がる世界は荒廃していた。

 閉ざされたこの場所はとても小さくて
 窮屈で、退屈で、貧しく、何もない世界だったけど
 外側の世界よりは安全で
 隔離されていることがまるで嘘のように感じられ
 ここに居ることが何よりもの幸せなのだと思えた。

 あるとても静かだった日
 一人の兵士が金網越しから教えてくれたことがある。
 外の世界は広くて、とても美しいよ、と。
 だけど瞳に写る向こう側の世界は
 そんな言葉が嘘になるほど禍々しく歪んでいるから
 私はこの閉ざされた世界から外に出ることはない。

 見てごらん、
 今日もまた名も知らぬ異国の戦士たちが
 真っ赤な血の花を咲かせて死んで逝くよ。
 
 
 


自由詩 閉ざされた地区から Copyright 綾瀬たかし 2010-07-13 00:31:06
notebook Home 戻る  過去 未来