落とし文月
小池房枝

吹く風よ微笑む人の面影よネム絶え間なく船出の風情
 
朝ごとにアサガオその名に天国を青さに空を映して地上に
 
花、柘榴。タコさんウィンナ血の味を実に成す前に朱色地に散る

鬼の木は天使エンジュ涼しき薄緑 踏みしだきながら見上げれば空

シャクトリはどこから来るの鉢植えの三個体目が同じ枝ぶり

確かめに行くとやぶ蚊に守られて夕闇の林キツネノカミソリ

真っ白なムクゲが雨に咲きかねてバレエのジゼルの衣装のようです

にわたずみ ほとりにたたずむひとかげは あれはひとではないかもしれない


降る雨を手に受けるように耳深く鼓膜に雨をあててみたいな

首、体、深く傾け耳の底、鼓膜に雨は轟くだろうか

吾亦紅、街中で君に会うなんて揺れてるとこしか知らなかったよ

雨の日の温泉にひとり腰掛けて背や肩やももに天水を浴びる

空高くオルタンシアを投げ上げる何度も何度も手毬歌うたう

カンナ何をか削って咲くの夏という季節に命の篝り火かかげて

本の山 本の谷間に住みたいな 書物という名のヴァーレルセルたち

ヒグラシとアオマツムシを聞くために無人の広場をチャリで突っ切る


フシギダネ不思議だね花は実を結び零れダネからまた咲くんだね

反魂草ハンゴンソウこどもが描く星のような花の匂いを誰か知ってる?

ペンギンのジョナサンは海を飛ぶだろう誰より何より速く巧みに

コオニユリくるくる揺れる出穂も間近な水田みどりの畦道

プールサイドで耳の水抜きするようにとんとん跳ねると落ちてくるもの

真っ白なファイルを抱えて昼過ぎの電車を待つときそよと吹く風

ヤマユリは山姥のゆり鬼のゆりヒメユリはそれを秘めているだけ

本で得た知識などなどと言うなかれ本は二、三冊読むものではない


宮ヶ瀬をヤビツ峠に抜けるとき鹿を見ました夏の鹿でした

久遠って山の孤独な生き物が不思議がるとき鳴く声のよう

風呂の湯を飲みに風呂場にやってくる猫よおまえは何がしたいの?

ヒマワリが全身で雨を浴びている手があればきっと頭洗ってる

夕立が篠突く最中、突然の日射しに打たれた電線が光る

梅雨明けの兆しの日差しが眩しくて電信柱の影に逃げ込む

雨の中カメ散歩きみは何してる?どこへ行きたい?誰に会いたい?

水槽の水草つっと水面に莟を伸ばす雨のベランダ


短歌 落とし文月 Copyright 小池房枝 2010-07-12 20:12:15
notebook Home 戻る
この文書は以下の文書グループに登録されています。
小池ながしそうめん