世界の終わり
Oz

雲の中に
手を突っ込んで
沈黙を取り出す
雲は
散り散りになり
水滴となって
地上に落ちる
沈黙は
僕の手の中で
生暖かな熱を放ちながら
「沈黙」を続ける

そんな雨が降る
地上では
一匹の狼が
森を駆ける
人間の赤子を一人
殺してしまった
腹を割き
臓物を引き出して
喰ったのだ
赤子は
木製のバスケットに
入れられていて
ギャーギャーと泣いていた

狼にとって
それは絶好の食事だった
特に腹が減っていた訳ではない
でも
そうせざるをえなかった
狼の爪は
ツルンとした腹に刺さり
舌は新鮮な血を啜った
特に美味かった訳ではない
顔中血だらけになり
ベタついた

感覚は研ぎ澄まされていた
周りには
その行動に対する
気配というものは無かった
それ故に
赤子の泣き声は
彼の為だけに
発せられていたことになる

狼は
急いでその場を後にした
状況があまりに上手すぎるのだ
感覚は完全なる安全を
腹は満たされ
外敵はいない
何より喰った対象は
人間であった

足が縺れようと
肌が切れようと
彼は走った
疲れなど感じなかった
疲れなどまるで感じることはなかった

彼は高い丘の上に出て世界の音を聞いた
虫の囀ずり
鳥の嘶き
猿の阿鼻
人の叫喚
雨の音
狼は吠えた

遠吠えは
空気を裂き
世界を包んだ

それは世界の終わりの合図だった
世界は何かしらの終わりを始めたのだ

狼は
それを感じた
だが
足を折り
その場で踞ることしかできなかった

沈黙を
抱いていると
その熱が冷めることは無いだろうことに気付く
きっとそれは
世界が静かに終わり始めた時でさえ
最後の砦のように
熱を放ち続けるのだろうと
そう思った


自由詩 世界の終わり Copyright Oz 2010-07-09 20:21:10
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