多忙な週末
ホロウ・シカエルボク




雷光が俺の胸骨を遊ぶように這うのさ
叫び声は不遇な路地裏に捨ておかれ
雨雲に浸食された魂を救いだそうとポケットの奥深くをまさぐると
黄色く日焼けした汚れた名刺が一枚
記されていたのは14番目に生まれた悪魔の名前だった
もっとも気恥かしいものを晒して愛と名付けよ
指の腹に深く刺さった棘の痛みのような思いを
まだ夢と呼ぶ厚かましさがあるのなら
名刺の裏には冴えたフォントでそう記されていた
近頃じゃ誰もが趣向を凝らす風潮らしいぜ
昨夜この部屋のドアを間違えて叩いた
飲み過ぎた若い女だってそんなことを呟いていた
目覚まし時計の恩恵の裏には容赦なく殺される眠りがあって
その傷口の痛みに耐えられるやつらだけが
美味いステーキにかぶりつくことが出来るんだってさ
正直言ってそんなこと俺にはどうでもよかった
どこかに属することで生まれる誇りなんかに
本当の気高さなんてないんだって判っていたからさ
だから俺は女の腰のあたりを蹴り飛ばした
クイックモーションのバックドロップで投げられたみたいに女が転がると
肌色のパンストの根元に冴えない下着が見えた
あれはきっとユニクロかどこかで買えるやつだぜ
そんな下着を穿いてるやつが哲学なんか語るべきじゃない
女はしばらく痛みに耐えて倒れたままの姿勢でじっとしていた
それから二、三度ぶるぶるっと震えたかと思うと
虎のように唸りながら大量の汚物を何度もぶちまけた
それが済むと亡霊のように高い声を上げながら
下から出てくるものを全部いっぺんに出した
そしてまるくなってガタガタと震えだしたので
仕方なく部屋へ引きずり込んだ
シャワーの栓を開けてから女の服をすべて脱がし
湯の量を調整してから浴室へ女を投げ込み
女の着ていたものはすべてごみ用のポリ袋に捨てた
それから女の身体を隅々まできれいに洗った
忙しすぎて勃起する暇もなかった
浴室の中でも女は二度吐いた
俺は人生で初めてというぐらいに激しく毒づきながら
女の身体を拭いて適当なものを着せ
エアコンを調節して女をベッドに寝かせた
吐かれることは覚悟しておこうと思いながら
念のために救急センターに電話して適当な対策があるか聞いてみた
今は大人しく寝ているのならそのまま様子を見てください、もしも、そう、青くなって震えだしたりとか、そんな状態が表れたならまたここに電話して救急車を呼んでください、と電話の向こうの男は言った
俺は礼を言って電話を切った
女はすべて出してすっきりしたのか静かに眠っていた
たぶん大丈夫だろうと判断して俺は玄関に出て
女の出したものを水で流した
夜中なので出来るだけ静かに
それが済むともう明方が近かった
念のためにもう少し女の様子を見て
ソファーにクッションをいくつか置いて眠った
昼ごろ女に揺り起こされた
女はいろいろな感情が入り混じった複雑な表情をして俺を見下ろしていた
説明して欲しんだけど、と女が言うので
俺は逐一説明してそれから
玄関のポリ袋を指さした
女はそれを覗き込むととんでもなくうなだれた
そして何度も何度も詫びた
「ところで」
と俺は言った
「俺の服ならどれでも着て帰ってかまわないけど生憎俺はブラとパンティーは着ないんだ」
ジョークのつもりだったが女は困ったように愛想笑いを浮かべただけだった
「俺でよければ買ってくるけど?」
というわけで俺は女の細かいこだわりが書かれたメモを持って近くのデパートの下着売り場に行き
店員にメモを渡して揃えてもらった
家に帰ってそれを渡すと
女は風呂場でそれをつけて感謝と謝罪を何度も述べながら帰って行った
すべてが終わるともう夕方になっていた
それで俺はようやく興奮することが出来たのだ
テーブルに投げ出しておいたはずの
悪魔の名刺はいつの間にか見えなくなっていた





自由詩 多忙な週末 Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-07-03 23:24:02
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