沈黙のサリー
綾瀬たかし

 
 
 
【沈黙のサリー】



 サリーは耳が聴こえない。
 それは先天的な病によるものではなく、
 ある静かな夜の床で無常にも爆音に襲われたからだ。
 それ以来、サリーは耳が聴こえない。

 戦火は剥き出しの殺意を以って
 時として罪無き者、あるいは争いを望まない者にも
 鋭い爪を立てながら尊いものを奪いに来て
 いつでも選別無くすべてを灰にする。

 サリーは聴くことと同時に話すことも奪われた。
 自らの発する音が聴こえないから
 喋ることが出来ない
 だからサリーはそれ以来、話すことさえ止めた。

 やがて戦火も衰えた頃
 ふたつの瞳に映る、荒廃した故郷の情景を見つめて
 湧きあがる憤りと屈辱を胸に
 自分に出来ることが何かを必死に考えた。

 今、サリーは話すことの代わりに
 悲痛な叫びをいくつもの言葉として綴っている。
 世界のすべてをも憎むような力強いその言葉は
 サリーの事実を知らない者の心にも響く。

 限られた一部の正義によって引き起こされる
 争いという愚かな行為は
 多くの犠牲を伴い、大切なものを失うが
 それらのすべてを取り戻すことはもう出来ない。

 サリーは故郷から遠く離れた異国の地で
 幾つもの銃口が向き合い緊迫する境界線の上で
 白い旗を掲げ、無言のままに訴える。
 No more war carries happiness!
 (どんな争いごとも幸福をもたらすことはない)
 
 
 


自由詩 沈黙のサリー Copyright 綾瀬たかし 2010-07-02 00:13:44
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