滝と月
吉岡ペペロ

お母さんがシンゴのことやさしいひとだね、って言ってたよ、

このまえカワバタをお母さんに紹介した
お母さんにポリタンクふたつぶん水を渡してお母さんからヨシミは電動自転車をもらった
なにかで当てたのだそうだ
それをむりやり車に積んでカワバタにまた家まで送ってもらった

今夜ふたりで滝に向かっていた
お母さんの描いてくれた地図もあるし自信があった

あんとき話あわせるので大変だったよ、

ユキオとは違うやさしさを持ったひとだって、

オレのことほんとにおまえの同僚だと思ったのかな、

会社の先輩、

ま、それも同僚だけどな、

サヤマのこともお母さんは分かっていたのだろうか、ヨシミは思いをめぐらせた

ハイビームで辺りを照らしながらのろのろと走っていた
もうなんども住宅街のおんなじ道をまわっていた
滝への入口はなかなか見つけることができなかった

オレのやさしさって、ひとに興味を持ってる人間のやさしさだよ、

ユキオは持ってないって言うの?

おまえが決めることだろ、

ヨシミはあまり腹が立たなかった
助手席のウィンドウにずっと満月が見えていた
それはふたりを追跡する見張り番のようにも見えるのだった

あしたからオレ海外だぜ、なのにこんな時間、滝を探してる、

ごたごた言わずに旅行会社なら滝ぐらい見つけてよ、

箕面の滝ならすぐいけるぜ、

その滝をお母さんに教えたのはサヤマだった
サヤマはお母さんを騙して、いや騙したのではなくて、じぶんだけ逃げたのだった
グループ株を運用するのがお母さん
グループ員を集めてくるのがサヤマ
グループ員にお母さんが毎月定額を振込み、サヤマはお母さんからリベートを貰っていた
その関係はおととしの春ごろまでうまくいっていた

お母さんとサヤマは打ち合わせによくファミレスを使った
お母さんが心配でその打ち合わせの席にヨシミが同席することもあった
あのファミレスでなぜか滝の話になりサヤマが骨ばった細い指で滝への地図をお母さんに描いていた
グループ員を連れてお母さんはよくその滝に行った
なんどか誘われたけれどヨシミは行かなかった

お母さんが家をでてゆく日、引っ越し屋さんがいってしまったあと、ヨシミがお母さんの背中を揉んであげていた

こんなに持っていっちゃったら、あたしとお父さん生活できないよ、

いいって言ってたんだよ、

ほんとに、

ほんとさ、

あした家電屋さんに行かなきゃ、ほんと生活できないよ、

高いの買えばいいじゃないか、

お母さんの背中がちいさく感じられた
お母さんにさわること自体いつぶりだろう
なぜかこうなることをじぶんが長引かせていたような気がした
ちからになれなくてごめんね、そう言うとお母さんの背中が弾力だけになったようなそんな感じがした

そのつぎの日だった
お母さんを温泉旅行に連れてゆこうと思い顔見知りの旅行会社ということでカワバタに相談したのだった
カワバタはヨシミが勤める酒造メーカーの博物館に添乗員としてよくやって来ていた
その日ヨシミはカワバタを見つけて旅行の相談をもちかけた

このあと会社戻りますから、資料持って来ますよ、

何時くらいですか、

6時には、

あたしその時間家電屋さんにいるんです、

ヤマダ?

レモン色のとこ、

そこに持って行きますよ、

カワバタは大柄でいつも汗をかいていた
団体さんが見学しているあいだよくタバコを吸っているのを見かけた
通りがかりヨシミがあいさつをするといつも妙に礼儀ただしく返してきた
口からタバコをはずして両手を腰あたりにまっすぐおろして

あれじゃないか、

ハイビームで照らしても先が真っ暗闇だと分かった

あれだ、よし、突撃!

車は無理だな、

車をとめてふたりでアスファルトの山道をのぼった

滝の音しないな、

墨汁のなかを歩いているようだった
お互いの手と腕をからめていた
緑の冷えたしっけた匂いが触手のようにふたりをさわった

なんか出そうだね、

おまえ、そんな、怖いこと言うなよ、

カワバタが真剣に怒った
ふたりが余計に怖くなったそのとき

あ、滝の音、

え、どれ?

ふたりは立ち止まった
滝の音がすぐ近くにしていた
なんでいままで聞こえなかったのだろう
そんなどっかりとした音だった

うえ見て、

山道の空が見えていた
月に彩られた雲がカミナリのように割れていた
カワバタの横顔が青く浮かんだ
近くにはベンチが並んでいた
誰もいないベンチは誰かを待っているようだった

音だけでいいだろ、退散しよう、

引き返そうとして向きをかえようとしたらそのままヨシミは奪われていた
いつもより掘り返してくるようなキスだった
ヨシミが膝をアスファルトに落とした
うしろから胸を掻きしだくカワバタにちからで中腰にさせられてヨシミは下を見つめていた
行為の音だけが耳のすぐそばで聞こえる
そのうしろには滝の音
月のひかりでヨシミに影ができていた
ヨシミは月を見た
月が音楽してるみたいにたわんで揺れて、ヨシミは音の影を月にさがした








自由詩 滝と月 Copyright 吉岡ペペロ 2010-06-13 22:37:11
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