誰かの葬送
ホロウ・シカエルボク



知られずに死んでいった
ひとたちのことや
恐れずに失った
ひとたちのこと
果たせずに手放した
ひとたちのことや
踏み出せず諦めた
ひとたちのこと
ひとことに
墓標と
呼んでしまえば
それまでのことだが


新聞の一面に
幾つものブルース
魚たちが道を誤り
渇きながら変わってゆく
うろこははがれて
舗装された路面に落ち
言うべきではなかった言葉をかたちづくる
たとえば
ぼくはあなたにはなれない
とか
そういったような意味のない言葉のこと


訃報がたくさん並んでいて
そのうちの半数が
同じ葬祭会館で行われることになっていた
会館の人間たちは
故人への尊厳をおもんじながらも
タイムスケジュールに追われて
頭蓋骨を静かに割る
「昔は一晩かけて骨にしたんだ」
やせた老人が
茶をすすりながら誰に聞かせるでもなく
呟いた晴れた午後のこと
ぼくは
なにか言わねばと思いながらも
本当の死を目の前にして
言葉など思いつけるはずもなく


数十年前のある日
自転車で半日かけてたどりついた川の
山肌の木々を飲み込んだ緑色を
穏やかな日差しの中で思い出した
ぼくは死などまだ見たこともなく
詩を書くことについてもよくは知らなかった
友達の一人が
川底の石か何かで足の裏を深く切って
ひとりだけ救急車で先に帰った
あの日のことを思い出した
残ったぼくと女の子ふたり
夕暮れまで泳いで
帰り道が判らなくなって
そうだ
川の近くの商店のおばさんに道を聞いたら
軽トラックで街中まで乗せて行ってくれた
大きな川のそばでは
外灯の明かりなど大した意味は持たないのだと
あの時初めて知ったのだ
もう少し帰るのが遅れていたら
ぼくらもあの川に飲み込まれていたのかもしれない


あの日
まだ鬱蒼と木が繁っていた中央公園で
おなかをすかせたぼくたちはそばを買って食べたのだ
もう二十二時を過ぎていたんだ
あの時隣にいたのが誰だったかもう思い出せない
どうしてその日ぼくらがそこに泳ぎに行ったのかも
ただ突然そんなことを思い出したのは
あの暗い暗い川沿いを歩きながら聞こえていた
静かな川の流れが
まるで
死んだ人を運ぶようだと
そう感じたせいかもしれない
ぼくは
コーヒーをブラックで飲んでいた
老人は
いつまでたっても茶を飲み終わることがなかった
きっと
茶を飲むことよりもほかに
彼にはしたいことがあったのだ
ぼくは彼に会釈をして
その席を離れた
付き合い程度の出席だったので
そのまま帰ることにした
中庭に面した光に濡れる窓に立って
高い高い空を見上げた
死者を送る煙を見ることは出来なかった
静かなピアノの曲が
寝物語みたいな音量でいつまでも流れていた




自由詩 誰かの葬送 Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-06-05 00:02:06
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