軌跡
ロリータ℃。
カチャカチャと、キーボードの上で踊る美しい指先を溢れんばかりの欲望で見つめていた20歳の冬。私は長い茶髪を巻きヴィトンのカバンを持ち、つけ睫毛を武器にしていた。
その型にはまった派手さは、作られたお人形のようで、その武装に私はいつも安堵していた。
華やかで、けして周りから浮かない姿。つまりはそういう世界にいた。
だから彼は、私の周りの中では異質だった。
読書好きで、物書きを目指していた。ぎらぎらした瞳に、柔らかな低い声。私はそれが大好きだった。
「誰が手を休めていいって言ったのよ」
「…すみません」
「何もできない役立たず。続けなさい」
「もう痛くて…」
「だからなんだっていうのよ」
思いきり脇腹を蹴りつけると、どかっと鈍い音がした。
全身素っ裸でマスターベーションをかれこれ2時間強要されてる彼は、すみません、と小さくか細い声をあげる。
興が削がれて、私は彼を見下し煙草をくわえる。すかさず彼が火をつけた。
私は何も言わずに煙を吐き出す。
ゆらゆらゆらゆら、のぼっていく煙を見つめて考える。
私はあの時彼を心から愛し、その全てを受け入れ尽くした。
長いスカルプをつけた指先は、料理の邪魔。そんな理由で不細工になった爪は、久しぶりに伸び伸びと呼吸した。
黒く染めた髪も彼の好みだった。
けれど彼は私を誉めこそすれ、認めてはくれなかった。
理由は簡単なのに、私は長い間気づかなかった。彼には愛する女がいることに。
全て気付いたのはその女が妊娠し、彼が執筆を止め私の前から姿を消したその日だった。
私が28歳になった秋、彼は戻ってきた。私はそのとき、彼のあとを継ぐように作家になっていた。
彼は無職のくせにギャンブル、女遊びを繰り返し離婚され、実家とも縁を切られたと泣きながら話した。
その惨めな姿に、激しい怒りを覚えたのはなぜだったのか今になってもわからない。納得のいく理由はいくつも思いつくけれど、どれも違うと感じてる。
私は思いきり彼を蹴飛ばした。怒りが増えると知ってても。
驚く彼の痩せた惨めな姿。
それでも、もう二度と手放したくなかった。
例えこれが愛じゃなくても。
「ちゃんと楽しませて!」
蹲り従う彼を見る。私は何を失い、何を求めてるんだろう。何故怒りを抱きつつ、彼を手放せないままここにいる。
大人になった私の内側で、20歳だった私が泣いている。苦しくて、声を抑えながら私は泣いた。
彼に作られた今の私が、声を殺して泣いていた。