話しかける五月
小池房枝

シャガールの恋人たちよ天蓋に夜を満たして水浴びしなさい

留守にして帰り着いたら生き延びた薔薇が幾つも咲いていました

ビッグバン、インフレーション自鳴琴の箱を開いた誰かがいました

鎌倉と思えばゆかしうす青く色づく紫陽花 線路際にて

スターゲイザー昼下がりの雨身に受けて仄かに星のエステルを醸す

ひとんちの薔薇の垣根とすれ違う時そよ風が立たぬかと思う
 
一昨年も去年も今頃咲いてたね本気なんだね五月のコスモス
 
ぶらんこを漕ぎ切ったことがありますよしがみつく手に火傷しました

木の椅子をロープで吊るしたぶらんこは漕ぐべしたとえ踏み抜こうとも

こんなにもゆっくりとしか動かない雲たちなのにそれぞれの向き


地球照あわい光を内側にたたえて月は遠い金魚鉢

イソギンチャク触手に指を絡めさせそれからそっと引き抜く感触

エンジンに火の息通わせ身じろいで震えて船は埠頭を離れる

早苗ではなく麦でもなくイタリアングラスの上を吹き渡る風

鳥はもうお帰り海に泊まるのか夜ごと異なる波のしとねに

五月から六月にかけて落日は山並ごしに多摩川を渡る

キウィ棚は黄色いキウィの色をした一重の可愛い花で鈴なり
 
タンポポにちっちゃなハチが潜ってた見渡す限り何色の世界?

水晶をもてあそびながら雨音に沈んだ世界のバラードを思う

胸の火の用心を責めて落ちてくるマッチのようなサクランボの森


おうし座が胸に太陽 腰帯に月を飾ってオリオンに挑む
 
アルビレオ二つ並べておく石をミネラルフェアで探してみようか

薔薇のうてな手を伸べてしまう後れ毛をかき上げてでもやれるかのように
 
鞠のようなつぼみまた少し膨らませ夏つばき夏を孕んでひそやか
 
濃い色の紫陽花に添えて飾るならオパールよりも紫水晶
  
ささやきに耳寄せるように花の香を確かめる薔薇の声を聞くように
 
薔薇園をそっとケント紙に写し取ってエドガーとアラン二人立たせたい

オールドアースそんな名前の薔薇がいつか生み出されない未来を祈ろう

とりどりのケーキバイキング スィーツの海賊どんな乙女たちだろ

たくさんのツツジが地面に落ちているヒヨドリだろうか小学生かな


控えめな香りの薔薇は両の手の中にあっても遠くにいるよう

ちょうちょうを見るたび思うねぇ君は何処で生まれた?どんな子だった?

図書館の喫茶室にてコーヒーとアップルパイとルドゥーテの薔薇

表札にさえ倚りかからず真っ直ぐに凛と立て立て青き言の葉

あぁそうだクリームソーダ青い空。青い青い空、傘をほさなきゃ

透明な飴細工の薔薇ぱりぱりの花びらはやがて雨に溶けます

さわさわと降る雨の音、風が木を通り過ぎてくときと同じだ
 
オーロラを描く手そして奏でる手降り注ぐものを受け止める大地

葉陰には心臓ひとつ生りかけてはいるけど鬼灯市は文月

しゅんしゅんのヤカンで麦茶の麦をたく深夜に夏の匂い突沸


うわさばなしにおひれがついてきれいなきんぎょになりました
 
街の夜のさそり座ぼやぼやのんびりと月を見ているあぁきれいだね

ビル街のアオスジアゲハの蝶道はヒトの歩道の少し上のほう
 
その薔薇は開かないよと無造作に言い切らないで抉じ開けたくなる

ぴゅうぴゅうと吹く今朝の風おとといのカマキリの子が飛ばされまいか

かたくなに閉じてた薔薇もしおれては指でかき開かれてゆくまま

剣咲きのピンクの薔薇は順々に色あせながら尖ってゆきます

部屋に一人、私一人が動くたび満ちてきた薔薇の香りも動く

南海の停滞前線ながながと低くかかって海蛇座のよう

ちょっとだけ現れて今空を打ってよ鯨の尾型夏の高気圧


短歌 話しかける五月 Copyright 小池房枝 2010-05-31 20:00:04
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