One and only life.
瀬崎 虎彦

おいもとめてうしなう
やさきのせつなさは
かなしみとともに
じんせいをまだらに
いろどっていくりぼん

 車を止めて僕はタバコを吸った。少しだけ吸って、火を消した。こんなに生産的でない毎日は、逆に貴重だなと思う。売れない試料を積んだハッチバックは、後輪が少し沈んでいる。鉱物が腐らなくて本当によかった。恋人をデートに誘うにも事欠く愛車は、しかし恋人のない僕には十分愉しい、そして心を許せる相棒で、来月に迫った車検のことをふと思い出して憂鬱になるくらい好きだ。
 自動車と音響工学は相性がいい。ハーマン・カードンだのボーズだの、いろいろなメーカーのいろいろな車に、いろいろなサウンドシステムが搭載されている。スピーカは音を奏でるのではなしに、空気を震わせる楽器である。問題はどの空間の空気を震わせるkということ。広い部屋、狭い部屋。これだけで十分に条件は違うのだし、その点車の中はすでにデザインされた空間であって、僕のようにものを詰め込みすぎてスペースを埋めていくものはあっても、車そのものを拡張する人間はいない。とすれば、もともと奏でられる空間と空気のかたちは決まっているのであって、音の反響の経路も計算しやすくなる。すばらしい。人生はすべからくかくあるべきだと思う。
 市立図書館の前のケヤキの並木。卒業した大学に試料を納品して、その帰り道。僕は懐かしいかなと思ってすこし寄り道をする。大学生協の売店でジュースとパンを買った。自分は本当に大人になったのだろうか。これが意味のある人生といえるだろうか。毎日営業ルートを回りながら無駄に二酸化炭素を排出するばかりなのに。コストカットを声高に叫ぶ前に僕一人首にしたほうが、会社の受ける恩恵も相当多いはずだ。学生の頃から変わることなく、道路の両脇で緑の葉を輝かせている植物の力強さは、僕の後ろめたい社会人生活を打ちのめして余りある。
 CDチェンジャが無骨な音を立てる。ジョン・コルトレーンのMy one and only loveが流れてくる。こんな皮肉なことがあるだろうか。onlyはonelyから派生しているのではないのか。これでは反復になるのではないか。僕のone and only lifeはこうやって消尽されていく。考えることをやめられるならば、もっと意味のある行動に移れるはずなのに、目に痛いほどの青空を市立図書館の屋根の上に睨んで、僕は動き出すことが出来ない。
 これだから五月は嫌いなんだ、と僕は声に出していってみる。

ちいさくまどをあけて
おんがくをせかいにとどける
だれのじゃまにもならない
ちいさなこえではみんぐ
ちいさなこえではみんぐ!


自由詩 One and only life. Copyright 瀬崎 虎彦 2010-05-23 23:49:49
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