アマメ庵

ある晩、友人を呼んで、呑ン方をした。
小鉢をいくらかと、おでんも拵えて良い気分で酔っ払う。
私は、飲むのは好きだが酒には弱い。
その晩も、夜半が見えれば愈々眠たくなってきて、座椅子で眠っていたことから察すると、客人に失礼して眠ってしまったようである。
台所を見ると、おでんの鍋が床に置かれ、流し台はなにやらベタベタとしていた。
主人の知らぬ間に台所まで鍋を運んで呉れた親切な客人の仕業とは思われない。
酔っ払いでも、私は眠るだけでお行儀が良いはずだから、私の仕業でも無かろう。
訝しい限りであるが、犯人はわからぬし、わかっても問責する様な事件でもないから、その場は片付けてお終いにする。

またある晩、裏の小父さんが何と言う名か知れぬ魚の煮付けを呉れた。
一人鰥夫であるから、久しぶりの贅沢が嬉しくて、良い調子で焼酎も頂いて気持ちよく寝た。
今度は、キチンと自分で片付けもして床に入った。
これが朝目覚めてみると、塵入れの周りに魚の骨が散らばっている。
これは、自分が知らぬだけで酔うと妙な行動を取るようになったかも知れぬ。
酒を止める訳にはいかないが、よくよく注意をしなくてはならぬと戒める。

またまたある晩、暗くなってから家に帰る。
引き戸を開けると・・・猫がいた。
全身真っ黒で、痩せた猫。
急な鉢合わせで、私も先方も次の局面がわからずお見合い。
私が追うか、猫が逃げるか、どちらが先かわからぬがバタバタ、ドタドタして、奴は屋根裏に行ってしまったた。
ははん、あれは呑み癖が悪いわけでは無く、猫の仕業だったわけだ。

天気の良い朝に家の周囲を見回ると、土間の脇あたりに掌程の穴がある。
ここが猫の出入り口に相違なく、早速に端切れと釘を見つけては塞いでやった。

ところが、またある晩、私がテレビを観賞していると背後で動くものがある。
振り返れば、猫、黄色く汚い猫が将に塵箱を漁っていた。
はて、一体どこから入ったものか。
一匹ではなく、何匹かはルートを知っているらしい。

また、家の周囲を見回した。
猫は頭が入ればどこでも入れると聞くが、私の拳も入るような穴は見つからない。
即ち、新たな対策の仕様はなく、様子を見ることにした。

ある日、カーペットに小便を垂れたような染みがあった。

ある日、3匹の野良が塵を漁っていた。

よくよく観察すれば、毎日、塵は触った形跡がある。

5日間家を空ければ、飼い猫でもないくせに鼠をしとめて置いてあった。

私は猫が嫌いと言うわけではない。
残飯を喰ったり、寒空に暖を取るくらいなら寛容に構えるが、散らかし放題されたのでは腹が立つ。
然し、家の周りをどんなに見ても、それらしい進入路は見当たらなかった。

若しかすると、家中にいる間に蓋をして閉じ込めてしまったのかも知れないと云う考えに至った。
知らないうちに屋根裏か床下に居て、起居を共にしているのかも知れぬ。
そうだとすれば、進入路がないことにも納得できる。
それに、閉じ込めてしまったのだとすれば、申し訳ない気持ちもある。

天気に良い日。
私は、窓を開けた儘にして、仕事に出かけることにした。
そうすれば、奴らは脱出できるはずだ。
新たな猫が来る可能性もあるが、それはその時考えるとする。
そもそも我が家の残飯は、決して豪華とはいえない筈だ。
出て行きたがってるに相違ない。

しばらくの間、何事もなかった。
塵箱は漁られたような形跡もあったが、気のせいの様にも思われた。

休日の日中。
私が玄関も縁側も開けて読書をしていると、横を猫が歩いていった。
茶色と白の斑模様である。
定められた足取りで塵箱の淵へ上がると、体を突っ込んでガサゴソとやり始めた。
私はその様子を息を殺して見届けていた。
先日に塵を出したばかりだから、中には大した食料はないはずだ。
やがて猫はスルりを降りると、私のすぐ横を通って、何も言わずに玄関から出て行った。
猫が去った後の塵箱をみると、袋は乱れていたが、それほどには散らかしていなかった。
猫は綺麗好きと言う。
出入りが容易であれば、ちょっと覗いて、悪さをすることもなく、食したり、或いは食料がないと諦めて他所に行ったりできるのかも知れぬ。
家の中で小便を垂れる必要も無くなるかも知れない。

私は、天気の良い日は戸を開けたままにすることにした。
毎日のように、猫は入って来て残飯を処理して帰っていく。
私が在宅のときも、静かに入って、静かに去る。
会話も無いし、馴れ合いも無い。
お互いに干渉の無い距離が保たれていた。

ある日、私が座椅子で午睡から冷めると、猫はすぐ横の絨毯で眠っていた。
いつかの真っ黒の痩せ猫だ。
まあ良い。
迷惑を掛けて呉れなければ構わない。
私が再び微睡んで、また目覚めたころ、こいつはいないだろう。


散文(批評随筆小説等)Copyright アマメ庵 2010-05-13 07:08:56
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