『海の中の蛙』
東雲 李葉

手紙はシャーペンで書いてはいけないという暗黙のルールを知らなかった私は、
苺やら牛乳瓶の形に折られた器用な手紙に四つ折りのノートの切れ端を返すような女子だった。
生徒手帳の禁止事項よりも大切な法律がどこの世にもあるものなのだ。
やがて鈍感な視界の端々に薄い膜が見え始め、
何年何組という小さな海から一人浮き上がっていくのを感じた。
丸襟のブラウス越しに伝わる視線は日に日にちくちく尖っていって、
名札を刺し間違えた時より深く、故意に、まっすぐ心臓ばかり狙っていた。


ほんの些細なことが、例えば好きな人の話題にちゃんと答えられなかったとか、
そんなことで机を付けてくれる相手がいなくなる。
それはそれは冷たい海。
教室の空気は人によって温度を変える。
まるで、何だっけ。冬に眠って春に起きだす生き物。
理科はあんまり得意じゃないんだ。
私の理科の授業はビーカーの片付けと蛙の解剖図しかなかったから。


そう、蛙とか蛇とかの変温動物。
教えてくれた男の子も次の日は蛇になって私を睨んだ。


あの子たちはぶつかった肩を払うことで何を浄化した気でいたのか。
私はあの子たちの何を汚してしまったのか。
小刀で削られていく鉛筆みたいに。
思ったよりも深く醜く縮んで折れそうで。
また新しいのを買えばいいや、と、
色付きリップの唇は揃って笑っていたのだろうか。


淡水でしか生きられない生き物を海水に浸けるとどうなるのか。
彼女らは私で実験していたのだろうか。
四角い海は冷たくて、肌が痛くて泳げなくて、
果てなく広い果てなく深い。どこにも岸が見当たらない。
しょっぱい味がのどに痛くて、上手く声も出せなくて。
買ってもらったメモパッドを真っ黒な文字で埋めることで、
蛙はどうにか海で生きてた。


自由詩 『海の中の蛙』 Copyright 東雲 李葉 2010-05-11 01:46:08
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