届かないひと
恋月 ぴの

空き部屋になって久しい一階奥の角部屋
いっこうに入居の気配感じられなくて
郵便受けはチラシとかで溢れている

ポスティングするのが仕事なんだろうけど
声をかけたとしても臆すること無く
ほんのわずかでも隙間があればチラシを押し込んだ

エレベーターの無い名ばかりのマンションの名ばかりな1DK
だらしなく口を開いた郵便受けは初夏の日差しに曝され
宛先を失った手紙は足元に舞う

毎夜子供を叱る声がしていたと聞いたことがある

あたりはばからぬ怒声に思い煩ったとしても
自分達の暮らしを守ることで精一杯なのだから

許しを乞う泣き声やまなかったとしても
それさえも何ら変わることの無い日々の延長に位置づけられ

乗り手を失った三輪車はどこか寂しげで
残されたのはひとり遊びの記憶と
小さな掌からこぼれた朝顔はガラリにまで蔓を伸ばす

人の営みは目に見えるものでしか表現できないし
メーターボックスはガス会社からのお知らせで封印されていて
誰かの気配にあわてて振り向いたって
そこにあるのは三輪車の背中を支えた束の間の幸せなんかじゃ無く

錆びて油の切れた鉄扉の軋みが
きぃきぃと甲高くどこまでも耳障りに夢を食む






自由詩 届かないひと Copyright 恋月 ぴの 2010-05-10 20:24:51
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