みつけられないものってなんだろう
石川敬大




俊太郎の詩集を読んだ
俊太郎の詩集を読んで
なにか気のきいたことを書いてやろうとおもったのだけれど
なんの感興も泡沫のようにはたちのぼってこなかった


きのう
街の昔の写真をみたせいだ


いまあるプラットホームよりもずっと海よりで北側の
江戸時代に創業した呉服屋が発展したデパートと肘をくっつけ寄り添って
停車している始発の丸っこい電車になんども乗ったものだ
長姉がこの街に住んでいたから
父母に手をひかれ開いたドアに跳び乗ったものだ
あのころはストレスなんてなにもなかった
手をひかれるままにぼくは黙って随いてゆけばよかったのだから


頭のなかで
なぜかワーグナーが鳴り響く


俊太郎も髪がふさふさだっただろう
父も母も若かった、たぶん
街も電車も若かったに違いない
デパートの屋上からみたチンチン電車、遊園地みたいな観覧車と万国旗
うさぎと亀とリスがゲージのなかにいて
ぼくはアップルジュースが大好きで
肺炎に罹った小学生のぼくを母は毎日電車に乗って手をひいて
診察がおわったぼくに売店でアップルジュースを買ってくれたね

あのころ
家の物置の入口で白蛇をみた
赤い目をしていたかどうかおぼえていない
たった一度だけぼくの前にあらわれてさっていった白蛇
もう家は壊されてアパートが建ちぼくの知らないひとたちが住んでいるけれど
どこへいってしまったんだろうあの白蛇は
父がどこからかふいにあらわれてぼくの手をひいて
それから先はもうおぼえていない


いまもときどき
頭のなかで
ワーグナーが鳴り響くのだけれど
ぼくにはその意味がまだみつけられないんだ
白蛇が
ぼくの前にあらわれたみたいに






自由詩 みつけられないものってなんだろう Copyright 石川敬大 2010-05-08 10:41:28
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