【140字ポルノグラフィー】ちょっとSM
佐々宝砂

夕暮れの窓辺で君は、膝にとまる蚊をみていた。君は決して蚊を叩かない。君は蚊に刺されながら、蚊よりはるかに太く鋭い刃に刺されることを夢みる。僕は刃を持たない。君が蚊に刺されるのを見ながら君の髪を撫でる。愛していると言ったら君は喜ばない、そう、そうなんだ。

***

君はしばしば何かを見上げ、その首筋が無防備に白いので、僕は噛みつきたくなる。でも僕は吸血鬼じゃないし虫歯だらけ。ポケットからナイフを出し、紙より雪よりもろく見える首筋に刃をあてると、君は僕を悲しげに見下ろす。言葉も肉もかなわないものを贈りたい、でも。刃を、君に。

***

私から出た最も汚れたものをそのまま体内にとりこもうと口を開く男がいて、私はとまどった。普通とまどうだろう。羞恥ではない透明な次元で男は私を抱いた。その愛を受けることが私にはできかねた。愛は昇華していった、触れぬ次元に立ち上る悪臭を私は観察するしかなかった。

***

炭をばりばりと食うので歯はすり減ってしまったし唇はしょっちゅう真っ黒だ。そんな私を彼は怒るのだけど彼は真夜中に紙を貪っている。知らないふりしてあげて黒い唇でキスすれば唾液にパルプの繊維が混じっている。生物としての本能も忘れた私たちにまだ残る本能を生かして遊ぼう。

***

あのひとの指があのこの首をなぞる。汗。誰の汗かわからない。すき。誰が誰を。ここに一人称はないの。あるのは三人称と二人称だけ。ベッドの上でからみあう六本の足、いえ間違えた、六本の葦。ここにいるのは愚かな葦、だけど考える葦、汚れた豚、だけど考える豚。

***

おまえの肩を左手で撫でる。すい、と細い紐が落ちる。やわらかな桃色の蕾をわずか覆い隠していた布が落ちる。こんなもの役に立つのかと問えば、これは素敵なおまじないなのよと言う。俺はおまえのおまじないにも劣るか。また肩を撫でる。肩だけではすまない、もちろん。夜は長い。

***

じらしながら彼は彼女の舌に針を突き立てた。それを見ながら私は針持たぬ私を嘆き、彼女の大腿に噛みついた。いつものように彼女は歓喜し彼は硬直し弛緩し、私はどうしていいかわからなかった、いつものように。私はそれでも二人を愛していた。

***

彼女の乳房は重たいのでささえてあげる。彼女はいま上にいて動いていて汗をかいている。彼は少し疲れていてたぶん大切なものもあまり元気ではなくて、私はどう手伝っていいかわからなくて彼女にキスする。汗の味がする、きっと二種類の汗の味。私はなんなのだろう、触媒、それとも。

***

針を刺すならば常に粘膜に、であった。それが彼の望みであったので、私は疲れていたけれど針を刺した。うんざりするほど血があふれ、粘液があふれ。消毒してやるのは常に私だ。彼は苦痛にのたうちまわり、それでも私は彼を愛するが彼はこの疲労を癒やさない。

***
ごめんなさい。まだよ。女は微笑んだ。壁に縛められた男の腕には点滴。あなたはまだ抵抗できるわ。だからまだ。つい、と延びた女の指先に剃刀。ほら切られたらまだ動くでしょうあなた。あなたが全く動けなくなったら愛してあげる。干涸らびても黴びても腐っても。

***

成人儀礼の時期はとうに過ぎた君の腹に、ナイフで薄く卍を描く。これもひとつの儀礼なのよ、とささやいて抱きしめれば、私の腹にくっきりと赤いハーケンクロイツ。

***

これを手に入れるのに、私、ものすごく苦労したのよ。ワセリンに練り込んだ蛍光色のそれを、微笑みながら塗りたくる。蛍光を発する彼の局所にくちづける彼女の頭髪は既に薄い。どうせいくのなら一緒に。こんなやりかたが私の好み。放射性物質に濡れて二人は逝く。


散文(批評随筆小説等) 【140字ポルノグラフィー】ちょっとSM Copyright 佐々宝砂 2010-05-02 14:19:53
notebook Home 戻る