旅記 '04 / ****'04
小野 一縷





はじめに 言っておく
これから 乱雑で 長く 暗い 旅が始まる 
生き急いでいる奴は 
目を閉じて 耳を塞ぎ 無言で 通り過ぎろ それが無難だ




鼻を突く薄荷の刺激で辛く現れる
細い影 翻る
空白に輝く黒は 鋭く描かれる文字列の指定色


黒檀のように輝く星が 渦を巻いて黒々と燃えている 
黒髪の太陽神が流す 黒い涙 暗い沈黙が
吸気 圧縮 (上死点) 爆発 (下死点) 排気され 
一連の四拍子 心地好い鼓動となる


黒い肌の天使 V型の燃焼機関 鋏の翼の金切声で空を切る 
その空間は 光速で切り裂かれ 粒子帯域として 微分される
そこに舞う 透明な粉塵を何度も吸気し 青ざめた煙塵を幾度も排気する 
暗黙の羽ばたきは 連続する


黙示が発する 静寂の重量を 燃料にして
私は燃焼する
内の肉から 表の皮までも広がる 
流れる黒い炎の乗り手 黒ずんだ血液が
全身を 熱く 甘苦く 焦がして 疾る


紺色と 緋色の 血管
蒼い炎と 紅い炎が 絡み合う
その二重螺旋を 密に 紫に 捩じれさせる熱量は
体外で 解れる黒煙の 指向性を定める
目蓋を閉じ 黙し その狼煙の意味を
ずっと 言葉で追う 追い詰める 


一つの星が死んで 星座の壷が欠けた
瑞々しく こぼれ落ちてくる 星の屑が
大地を 赤く焼き
海原を 黒く焦がし
街々を 灰で包む
仮初の冬に立ち並ぶ 木立の影が 次々と 無色に揮発する
無音で射してくる 純潔な放射能を 光の雨と浴びて


ああ
白樺の裏庭で ブランコが黒い焔に包まれて
白と黒の 交錯の中に現出する黄昏 
遠くまで 甲高く 揺れる燃焼音
暗く燃えたまま 南風に背を押され
振り子のように いつまでも 振られていたい


黒い
黒い蝶が 真新しい紙幣のような その鋭い羽から
若罌粟の鱗粉を 火薬のように さらさらと零して 


おお
黒く巨大な箒星が 斜めに落ちてくる
暗黒の放射帯を引き連れて その闇に浸れば
傷口を潤ませた 腐った通草の甘味が舌に絡まる 
黒い悪寒が 濡れた刷毛で 身体中を 真黒に塗ってゆく 
黒い静穏の 冷え切った重さの美味よ


瞬きの間 濡れた瞳の水面に響いた 私の為の葬送曲
なんて奇怪な音楽だろう 全ての旋律が 
アルミニウムと血と硫黄と鉄とカルシウムとアルカロイドCと 
マグネシウムとTHCとの複雑な衝突音で 繰り返し重奏されている
臓物 筋肉 脊髄 脳幹 
それら 肉体の終末が 今 祝福され 昇華する


だが 
この精神は どうだ 医薬廃棄物として 
ガスマスクを被り 耐放射能のスーツを着た
潔癖症のシスター達の手で 鉄条網の茨の上に
信心という黒い業火で炙られ 高々と掲げられているじゃないか
異端の心を 敬虔な心で 誇らしげに 辱めていやがる


ナーコティックな視線が 舞う
石のように硬く実直に 中空を 舞う
その舞踏を 笑う 怜悧な狂笑 道化師のそれで
壁に描かれる 見覚えのない顔 その無言が 
おかしくてたまらない
ほら その顔 それ そのこけた頬 その円らな瞳 
その 緊張した 艶の無い唇の結び方


痺れとは 正確に 言うまでもなく電動だ
なんという震えだろう 指が手が 微細に 
振動する この娯楽を 満喫する 
これは 悦楽だ 
その悦び 一連の身体反応を 試行錯誤により言語的に解釈し 
それを ここに提示 詩としての表現とする 
思惟蓄積の 解放からくる 脳内神経の圧迫感
柔らかい 眩暈に似た 快楽よ
私の貪欲な 表現欲を 飽きるまで 満たすがいい


醒めという特殊な 思考時間帯の奥深く 
未だ靄のかかった空白 無意識を 
見透かす時 その視線の通過音に 切り裂かれ
数千の記憶が 細やかな破片となり 飛散して 輝き 
脳裏に 映像化 高速転写される 
この不規則極まる視覚的諧調を この詩の律動としよう


ディジタル化されたディジリドゥの唸り声が舞台に響く
「ON」そう「然り」と鳴る 
不定加数の変拍子に合わせて踊る音像
催淫性のストロボが目蓋の裏に 激しく点滅 
スネアに擦れる煙いブラシ音が導く 長大な脳内神経回路 
毎時初期化される0と1からなる情報伝達組織の反乱 
ミニマムなディスソリューション
自意識は所詮 物知らずの警官だ
自我はたかだか 頭の硬い官僚だ
どちらも裏取引と 黴臭い仕来りに守られて
権力操作を盾にする 巧妙精緻な権力者
こいつ等はいつだって 自由を求める脳内暴徒の宿敵だ


脳皺を刺激し続ける 
羽ペンの先端より鋭利 注射針の銃口より微細な 物質で 
何度も 何度も ただ 繰り返す 
そして 遠く 微かに 見える  
覚醒と酩酊の波間に漂う 真理の蜃気楼という名の狂気
その曖昧な輪郭を その不確かな実像を 
言語感覚=知覚で認識し 保存する 
後に反芻を心地好く味わう為 
幻像のデータ形式変換は 正確な執着で 
且つ執拗に 行わなければならない


「刮目しろ 耳を澄ませ 息を整えろ」 


表現を突き詰めてゆく時 何らかの神秘性や宗教性を辿り
それらを通過していくことは いつの時代であれ
創作上 稀なことでも何でもない
その目前で 後込みしてる お前は 
もう二度と 私の詩に 触れることはないだろう


耳の形を 真似て 眠る 
私にとって 胎内は 既に 故郷ではない
記憶の資源としての故郷にこそ 要件がある
時間に対して こうして 化学的に記憶を逆流させることは 即ち
自らの根源への旅に他ならない
多く 実に 多くの 旅をした
それらを 纏めた旅記こそが 私の詩集




私にとって詩作とは この生命活動において 
最期まで 継続されてゆく 唯一の事業だ






自由詩 旅記 '04 / ****'04 Copyright 小野 一縷 2010-04-27 01:36:01
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