春の
オイタル

頭の薄くなった友人が
車の後部座席に老いた母親を乗せて
交差点を右折していった
すれ違う僕の車に気づかずに
ひさしぶりの幸せな笑みを口元に浮かべて
わからないことを後ろの席に語りかけて
そのまま 家並みの薄れる
郊外へと走り去って行った

白い車はさみしい
僕はこれから所用のために
二か所を回らなくちゃならない
フロントガラスの向こうに桜はまだ
固いつぼみのままで四月の半ばを越えようとしていて
けれども 春の少年たちは
また少女たちも
小さい子供たちも
犬たちも 鳥たちも
転がる花びらのように
明るい風の通りを巡っていく

さみしいんじゃない?
さみしいじゃない
僕はそれをけっして言わないけれど
言うまいとする心をさえ忘れようとも努めるけれど
白い車はその後部座席の窓に
薄寒い春の小枝を挟んで
僕の記憶の裏側を
何度も何度も何度も
通過していく


自由詩 春の Copyright オイタル 2010-04-26 22:35:29
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