月の嗤うさき 序
……とある蛙

霧に遮られた淡い月明かりが滲んで夜空に消え入りそうな晩。
書斎の机の上に開かれた革張りのポー全集の一巻、熱いコーヒーと揺らぐ葉巻の煙。その脇には蹲(うずくま)る黒猫。蜷局(とぐろ)を巻いた黒い毛玉。胡乱げに葉巻の煙の行方を目で追う。
突然首をもたげ、その視線の先には窓が。
黒猫の瞳はさして暗くもない室内なのに黒々として、

警戒している。

窓の外に蠢くもの。二階の出窓の外に大きな人影?
窓を開けると突然に異臭、耐え難い異臭と共に茶色の大きな毛玉のようなものが部屋の中に滑り込んできた。
猿、かなり大きな猿。
猿は牙を剥いて咆哮する。黒猫を恫喝しようと咆哮する。黒猫は耳を頭の後ろに付けたまま脅えながら唸る。彼の眼にも猿は尋常なものとして映っていない。
眼を凝らしてみると猿は異常に大きな類人猿と呼ぶにふさわしい体躯だ。
窓から霧と月明かりも滑り込み
大きな体躯の類人猿の輪郭を滲ませる

彼は突然私を見つめこう呟いた
イザナギ
っと

空には青い月
突然地上は濃い霧に覆われ
イザナギは語りかける
不思議な不思議な創世記を
創世記の物語を
音声の無い静寂の中
耳に聞こえるのは黒猫の唸り声
私の頭の中に落ち着いた意識が聞こえる。
不思議な創世記の物語
霧の中にぼんやりと浮かぶ森の風景に錯綜する。


自由詩 月の嗤うさき 序 Copyright ……とある蛙 2010-04-25 17:37:45
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