やさしさの裏側
かんな


薄暗い放課後の理科実験室で
やさしさの裏側を顕微鏡で覗いている
数名の男子が抱く女子への幻想があるかもしれなくて
もしくはどこか悲観的に
いくばくもない生命のおわりが映るような気もして
ひりりり、とすれる皮膚の痛みが
窓から見えるどんよりとした曇り空に吸い込まれた

実験用のガラス器具には
どこかで誰かに求めている冷たいぬくもりがある
メスフラスコの刻線が測りとる秀逸なメッセージは
ぽた、ぽたり、と落ちてゆく、ゆいいつの潜血
とどかない懐かしさがひっそりとひそむ

ろ過し過ぎた季節をわたしたちはいつも生きる
血液と生きる意味を分けてしまうような
どこか鮮明さに欠けた恋をしては傷ついてみせている
実験に失敗したフラスコの中で生成したセックスのような
あまい行為をくりかえしている

愛を解剖することは危険だと先生は注意する
理想という外皮を切り開けば、内部は空虚さに満ちている
数名の男子が寄ってたかってつつくと
内部の肉片の一部がほろりと取れた
スライドガラスにのせ媒液をたらしカバーガラスをのせる

プレパラートを顕微鏡にセットする
倍率をあわせると細胞のひとつひとつが細かく見えた
恋人や家族や友人、それぞれに細胞膜で区切られたおもいが
満ち溢れていた、数名の男子が代わる代わる覗く
現実がどこまでも憔悴したとしても記憶の中で
これが永久プレパラートになったならいい

最後にそれぞれのおもいをガスバーナーの炎の中にいれた
カリウムみたいな紫色を示したものもいれば
ナトリウムみたいな黄色を示したものもいた
一名の男子が言う/そんな単純なおもいでは生きていけない
もう一名の男子が言う/混ぜてみようか
それぞれのおもいの混合物をつくって炎の中に入れた
すると何色もの色を放って眩しいくらいにかがやいた

窓の外を見ると
夕陽が水平線ぎりぎりで止まっていた
空と海の境目は現実とこの実験室の境目のようなものだ
ひりりり、とまた皮膚に痛みが走り
カルシウムみたいな橙色の夕焼け空に
吸い込まれて消えた




自由詩 やさしさの裏側 Copyright かんな 2010-04-23 18:06:27
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