約束
たもつ

深夜、バスに乗る
乗客もまばらな車内
運転席をのぞくと
濃紺の制服を着た父が座っている

昔、一度だけ
大人になったらバスの運転手になりたかった
という話を聞いたことがある
どこかで何かが間違って
製薬会社の研究室で実験を繰り返す日々を送った父
あきらめてはいけない、が口癖だった

やっと夢をかなえることが出来た父は
無言のままハンドルを握っている
客が一人、また一人と降りていく
生真面目な性格そのままに
発車するときは指差し確認を怠らない

僕はいつものように
終点から二つ前の停留所で降りた
ステップを降りるときも
父は無駄口をきかず
僕も声をかけることはなかった

それがあの日の約束だったと
二人とも忘れてはいなかった
そして、振り返らないことも



自由詩 約束 Copyright たもつ 2003-10-07 08:29:50
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