ペインキラー
ホロウ・シカエルボク




個体であることが煩わしいなら
生皮を剥いでなにもかも垂れ流せばいい
おれはおまえの内にあるものと話をしてる
おまえがどんな生のリズムに翻弄されていようとも


ひとつの痛みを恐れてすべての痛みを見失う
そんな愚行を犯し続けたいのか
泥土の海でおまえがもがき続けた理由は
ひたすら美しい空気を欲したためではなかったか


宵闇に狂犬病
牙を立てて神経に障るイニシエーション
なすすべのない誰かの悲鳴が聞こえた
おまえはふるえたが痛くも痒くもない


漆喰の壁を殴りつけて
ポロポロと零れるのが愉快なんだろう
指の節々が無駄な赤に染まっていることも知らずに
拳が無駄な汚れにまみれていることも気づかずに…


午前零時に仕掛けたアラームが緊張の種類をすりかえるころ
おまえはいっそう狂人のふりをした
硬直した唇には確かに噛みしめた痕があったけれど
マジなイカレ具合ならそんな程度じゃ済みゃしないさ


プラタナスに百舌のはやにえ
あれはどういったジョークだ
腹を抱えて笑えというのか
下層階級のおれには敷居が高すぎるぜ


おまえは窓に浮かんだ水滴を舐めている
可哀想でしょと言いたげな瞳でこっちを見ている
おまえが思っているようなこころでおれはおまえを見つめたりしない
ただ哀れだと思うこころがそこにはあるだけ


ラジオから50's


アスピリンを飲み過ぎた胃が
バックブリーカーの後みたいに痛む
時計の秒針をメトロノームに見立てて
ドラマティックなテンポを見出そうとした


トーチカで霧散した兵士の夢
おれのこめかみに張り付いているような気がする
手榴弾が破裂する時の匂い
他のどんなものよりもメランコリック


深夜の海岸
亡者どもが
仲間を増やしたがって水底からやってくる
珊瑚の匂いがするからすぐに判るさ


消せ!過ぎた時代の夢ばかりがなりたてるラジオ
そもそもそんなチャンネルなどすこしも欲してはいなかった!
放送局は終夜営業のドーナツショップの手下だ
眠れないやつらには終わっていないことが何よりも大事なのだ


おまえは眠ってしまった
途中で投げられた田舎芝居の幕みたいだ
茶番を愛してしまって
狂ったはずの口元が奇妙に満たされている


静寂と薄闇の中で胃袋に送り込むチーズの絶対
おれを現世にとどめているものはきっとそんな粘度
すべての牛にこころからの尊敬と感謝を
ホット・ミルクにインスタントコーヒーの粉を落として飲んだ


喉を焼くような思いだけが真実
いつだって
その痛みが




その痛みだけが









自由詩 ペインキラー Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-04-12 22:52:34
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