FREE HUGS・Ⅱ
高梁サトル

【7.24 快晴】

am12:00 タイのバンコクに到着。
空港の有料トイレを使用。
いつも思うのだが、排泄にお金を払うのは人間として納得いかない。
再びルフトハンザ機に乗り込み次の中継地点、ニューデリーへと出発。

am3:00 インドのニューデリーに到着。
機内からロビーへと向かうスロープに降り立った瞬間、強烈なスパイスの匂い(インド臭としか言い表せない)がした。
ロビーには白人、黄色人、黒人と様々な人種が入り乱れている。
日本から遠ざかるにつれ体が軽くなる感じがして、ようやく嬉しさが込み上げてきた。
次の中継地点はフランクフルトだ。

am7:30 ドイツのフランクフルトに到着。
機内の窓から外を見ると、濃い緑とレンガ造りの家々の屋根の色調が美しく調和していて、その整然とした光景に感銘を受けた。
ロビーはさすがに白人の顔が多い。
再びルフトハンザ機で、パリへ。
機内にて、クッキーと紅茶を食べる。

am11:30 パリに到着。
ロビーで荷物を受け取った後、インフォメーションへ行って安いユースホステルを紹介してもらう。
そこで日本人の大学生グループと一緒になり、紹介してもらった宿屋まで一緒に行くことになった。
近くまでバスで行き、そこから歩いて探すことにしたのだが、これがなかなか見つからない。
有名大学に通っていると自慢げに話している学生たちは、皆口々にやれ自分は医者を目指しているだの、やれ自分は司法試験に向けて勉強中だなどと言うのだが、肝心の道を尋ねる場面になると口ごもり上手くコミュニケーションできない。
その中で合気道をやっているという寡黙な印象の男だけが、要領のよい流暢な英語を喋って頼りになった。

ようやく宿泊所へ着いたが、チェックインできるまでまだ時間があるとのことで、私たちはフロントに荷物を預けて昼食に出ることにした。
途中道を尋ねた人の中でコロンビアから留学してきているという学生が、近くの安くて美味しいレストランへ行く地図を親切に書いてくれたのだが、うっかり学生の1人がその紙をなくしてしまい、探す当てもなく適当な店に入る羽目になった。
店内では何を注文していいのか分からなかったので、とりあえずコーヒーとサンドイッチを頼んだ。
サンドイッチは縦切りにしたフランスパンの間にレタスと薄く切ったサラミソーセージが挟まれているだけの簡単なものだったが、知らない街で出会ったばかりの人間と食べると妙に美味しく感じた。

食事後、宿屋に戻って休みたいというメンバーと分かれて、唯一英語が流暢だった男と2人で周囲を散歩することにした。
男の名前は小山というらしい。
彼には観光以外の目的があり、明日からこの街にある合気道の道場へ数日間通うのだそうだ。
どこかで食事をという話になったが、天気が良く風が気持ちよかったので近くのマクドナルドでコーヒーとハンバーガーを買い、セーヌ川のほとりで立ち食いしながら話し込んだ。
「合気道の精神は他の武術と違って、勝ち負けを争わないことなんだ。それよりも自分の中にある弱点と向き合って、それを克服する為に稽古する。僕は小さい頃貧乏で内気だったから、それでよくいじめられてて。合気道を始めて精神的に強くなったように思うよ。」
そう話しながら私の手首を掴む。
「合理的に動けば、相手と争わずに相手の攻撃を無力化することもできる。小よく大を制す、って言うんだ。」
ふと篭った手元の力に一瞬セーヌ川に投げ込まれる自分を想像して身をよじると、小山が最高におどけた表情を見せた。
「きみは他人をなかなか信用しない疑り深い性格だね、弱点ひとつ発見。」
不躾ともとれる言葉がなぜかくすぐったくこころに響いて、思わず笑い声が零れた。
ゆるやかに滔々と流れるセーヌ川は、川辺で繰り広げられる数え切れないほどの会話や想いをすべて内包して、海へと流れ込んでゆく。
私たちは水面をゆく、バトームーシュに手を振った。
大勢の観光客たちで賑わう船内の声が、こちらまで伝わってきそうだ。
いろんな人間がいる。
これから少しの間こんな生活を送るのだと思うと、少々愉快な気持ちになった。

宿屋に戻ってベッドの上で久しぶりに背筋を伸ばしてごろごろしていると、ふいに日本にいる友人に手紙を書きたくなった。
フロントで無料のポストカードをもらってきたが、何か書こうとした途端うまい言葉が思いつかない。
私はペンを握ったまま、深い眠りに就いた。

“Dear.×××
 How are you? I am delighted to announce that....... .. .”


散文(批評随筆小説等) FREE HUGS・Ⅱ Copyright 高梁サトル 2010-04-11 03:27:49
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