幸福
吉岡ペペロ
ぼくは病院を経営していた叔父叔母に育てられました
ぼくの部屋は病室でした
かたくて高いベッドと狭い机しかなかったけれどなんの不自由もありませんでした
妹の部屋は病院の最上階、叔父叔母の居住するフロアにありました
ぼくは妹に秘密がありました
二三ヶ月にいちどぼくだけ父と会っていたのです
その取り決めの法的根拠は分からなかったけれど兄としての務めだと思って会っていました
夕飯はホテルのレストランでステーキのフルコース
学校の成績や部活の話、妹の話、いまの暮らし
ぼくはなぜこんな電車に乗っているのだろう、そんなことを考えながら話していました
そのあとホテルで父と一泊しました
そのホテルのモーニングコールはいつもリチャード・クレイダーマンでした
朝その音楽に起こされてそのまま学校にいきました
陳腐な言い方ですがそんな朝は幸福から旅立つような気持ちでした
いまも打ち合わせなどをホテルでしていたりするとリチャード・クレイダーマンがながれてくることがあります
それを耳にしてしまうと今だに、なぜこんな電車に乗っているのだろう、と考えてしまいます
三十年も前のことであるのに、もう誰も憎んでいないのに、恨んでもいないのに、許せてもいるはずなのに、そんなことを考えてしまうのです
そしてこんなことを強く思うのです
あの頃のじぶんに会うことができるならば、はやくに会って話してあげたい、もっとはやくに会ってあげたい、
そんなことをぼくは強く思うのです