酩想における散文詩 / ****'01
小野 一縷


素早く黒く内転する北風。 


見え隠れしている
耳と口の部品である言葉の
調律が乱れたままの
時の音階。


銀と黒の液体が出会う不純なる海峡
沸き立ち割れる泡の痛み
混合物は衝突し分離される 何度も
スプーン一杯のきっかけの中
打っては返す アルミニウムとカルシウムがぶつかる
くぐもった硬い音。


私は行くに違いない 素足で また触れるに違いない 裸で
二つに分かれる前の 単一の要素を嗅ぎ求め 素顔で
苦痛と快楽の
解答と混乱の 未来と過去の。


ほとりには永遠に焚火が燈る 私が合図しない限り
振られ続ける黄金色の掌 あの岸辺を目差して 
流れてゆく 私の自身
海面に咲き乱れる紫陽花のような太陽達を回転させる
色彩を幾筋も曳航して。


願いを込めて 投げ入れた錨のように 飛び込んだ
光の鎖が 欲望の起源が 逆らう泡に揺らぎ続けて
そして私はまみれた  新しい境の彩 オウロラに
スプーン一杯の 海の中で
結局 何をも求めることを手放した。


私が吐息を舌に絡めてストローで吸い上げる塩基の海
私は体温で沸かした絵空事を啜っている
この小さな海洋を構成する複雑多数の物質を
体液に 一つに溶かした。 


ここで
私は子供のように夢中になって 乾いた唇の皮を剥ぎ続けた
無邪気に
私は子供のように夢中になって ささくれた親指の皮を剥ぎ続けた
滲む赤に 
舐めたこともない鉄の味 この海で赤錆びた 花 
高鳴って この血潮 薔薇の錯乱 花びらの 噴出する 胸の奥の海溝。 


海底の銀の水仙が金の喇叭で赤い音符を吹いたコンパスが描いた譜面のとおり
今 白鯨が吹き上げた 朝陽に輝く潮に乗って 見下ろした
ユニコーンの足元に光る青い鉱石のシャンピニオン
旅人の集うオアシスに湧く水銀
朝陽を見続けて両目を焼かれた賢人の涙の色。


冷たい景色
この冷え切って
壊疽を起こした下半身は青い斑点付きの乳白色 もう引きずるしかない
まだ ぼくは両足を失いたくない 父さんと母さんからの授かり物 大事な体
「あの重荷を引きずる宿命を 誰が蝸牛に負わせたか」 
烏貝の内臓が蛞蝓のふりをして笑っている 
刺々しい岸壁にすら居場所のない

ぼくには まともな居場所がない この足で 行き場所がない 
「誰か 誰か」


「こんなところに翡翠がいる ほら 声で分かる
 父さん 母さん すごいよ ほら 」


海を見たことのない兄さんが 
流れて遠退く ぼくの呟きを笑っている  埃のような小船の上から
夜鷹のように 甲高い 奇声で。


此処を抜けたら 其処は何処だろう
海を振り切って 空に潜り込む
私を抜けた ぼくの場所
思考すら近付けない 移動の行末
私はもう ぼくに 追い付けない
誰の航海図にもない 回航


私の後に残る波跡は ぼくを孤独に幸せにしてくれる
色彩と温度で「帰ろう」と言いながら。





自由詩 酩想における散文詩 / ****'01 Copyright 小野 一縷 2010-04-02 22:56:08
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