蛇つかいたちの行進ラスト
吉岡ペペロ

カタヤマを丸亀でピックアップした
競艇にいってくれないか、ユキオはびっくりして聞き返した
このまえ上田さん、パチンコが好きだって話してただろ、
週いちどのカタヤマとの飲み会でそんな話になったのを思い出した
カタヤマとツジさんは賭け事なんて意味がない、という意見で一致していたはずだ
あのとき上田さんが説明してくれたことが気になっててね、
ぼくも坂本龍馬の話が気になってます、
そんなのマンガや小説で解決できるよ、
でも先生、ぼくは競艇自体やったことないんですよ、

あ、そうなの、

窓からやわらかい風が吹いていた
このまえ夢で吹いていたあの風はなんだったのだろう
あの夢以来最近のユキオのクセは、なんにでも蛇を見つけてしまうことからなにかしら風を感じてしまうことに変わっていた

車きれいに使ってるね、いい匂いするね、

なんにも入れてませんけど、外の匂いじゃないですか、ユキオもそういえばなにかの匂いがすると思った

街路樹の匂いじゃないですか、

ラベンダーとかの匂いのような気がするけど、

葡萄の匂いもしますね、それとか、言いかけてユキオはやめた
それはヨシミが口でしてくれたあとヨシミの口からでてくる匂いだったからだ

駐車場に車をとめて競艇場に入った
入場料をカタヤマが払いだだっ広くてがらんとしたコンクリの階段をあがった
なんだかむかしの社会主義国の駅みたいだ、とカタヤマがすこし興奮しながら言った
階段をあがるとこれまただだっ広くてがらんとしたコンクリのフロアに出た
むかしのサービスエリアのトイレみたいですね、ユキオが言った
落ちていた新聞を拾ってもなにが書いてあるのか分からなかった
二人で来ているようなひとはいないように見えた
五十代後半以上に見えるひとばかりがうろうろとしていた
みんな黒っぽい家着のような服装だったのでカタヤマとユキオのスーツ姿は目立っていたはずだ
カタヤマのグレー色のスーツがここではとても華やかに思えた

先生の嫌いな五十代後半のひとばっかりですね、カタヤマがニヤッとしてユキオを見た
ここではないどこかでやっているレースを映し出したおおきな画面のまえにひとが集まっていた
舟券の締め切りを知らせるアナウンスがながれている
舟券の買い方は見ていたら分かった
この競艇場でももうすぐレースがおこなわれることも放送で分かった
舟券は一分まえまで買えるようだった
食堂にはいろうということになった
こっちに来るのはきょうが最後かも知れない、カタヤマがおでんを箸で切りながらそう言った

社長が本社に専念してくれとおっしゃってね、きみのお陰だよ、本社の中堅セールスの方たちがこっちでの話を知ってね、週いちの勉強会をしてくれって社長に言ってきたらしいんだ、

そうなんですか、ぜんぜん聞いてませんでしたよ、おめでとうございます、ってなんか変ですね、ユキオはわざと興奮してみせた

ありがとう、さいごきみと賭け事したくてね、社長にはぼくから伝えたいって言ったんだ、上田さんとツジさんは特別だから、

なんで賭け事なんか、意味ないですよこんなもの、

上田さんが言ってたことが、なんか分かりそうな気がするんだ、ぼくになかった発想だから、なのにきみとはうまくやれた、

ユキオはじぶんが賭け事をする理由を喋ったことをすこし恥じた
ぼくは片山先生のようには仕事ができない、ぼくが社会や会社の中心人物になるようなことはない、中心人物になりたいわけではないけれど、ほんとうはなりたいのかも知れない、賭け事ってたまになれるんですよ、じぶんの選んだ台が確変に入って大当りなんかしたら、そんなことをたしか言った

片山先生はいい蛇つかいでしたよ、ぼくは蛇としてなんか気持ちよく働けてます、

きみは蛇じゃないよ、けっこう蛇つかいじゃないのかなあ、

実はそんな気さいきんしてたんです、ユキオは顔がむずがゆくなった
胸や息やのちからの行き所がなくなっていった

ぜんぶ蛇つかいなんですよ、ぜんぶ蛇でぜんぶ蛇つかい、でも片山先生はやっぱりぼくの蛇、言いかけた言葉がエンストを起こしたようになってユキオは泣いた
カタヤマがユキオの肩を強くつかんで
一回賭けてみよう、と言って立ち上がった

舟券を買いおおきなガラスで仕切られたコースまえの観客席に座った
五十代後半以上の黒っぽい服のひとたちで溢れかえっている
レースがはじまるとおとなしかった雰囲気がとたんに変わった
舟券を目のまえにかざし舟券越しにレースにむかって叫びはじめた
ボートのエンジン音や選手の名前、数字の連呼、歓声がユキオを知らぬまに立たせていた

握りつぶされた舟券を踏みながらユキオはカタヤマとさっきあがった階段のほうへと歩いた
みなぶつぶつ言いながら階段をおりていた
まだレースはあるのできょうの運を受け容れた連中だろう
ふつうに階段をおりていても五十代後半以上の連中を押しのけてしまうような感じになった
肩と肩とがぶつかってカタヤマかと思ったらそうではなかった
カタヤマが見当たらなかった
カタヤマを探そうとしたがユキオは人混みのなかではそれをあきらめた

片山先生に、また会いたいなあ、

ユキオはそうつぶやいていた
すると突然ユキオに、あの風が吹いてきた







自由詩 蛇つかいたちの行進ラスト Copyright 吉岡ペペロ 2010-03-29 18:46:48
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