続 蛇つかいたち
吉岡ペペロ

コガネイ係長と食事をしたあと係長いきつけのスナックに連れていかれた
ふだんスナックなど行かないユキオには居心地のいい場所ではなかった
こういう店はカウンターのなかにライトがいくようにしてある
大学生のときバーテンの友達の代わりに一ヶ月ほどなかに入ったことがあった
ここもたぶんそうだろう
蛇つかいはどこにいるんだろう
ライトのあたる場所、それともあたらない場所
ユキオはコガネイ係長のカラオケに手拍子をうちながらピンク色した濡れ雑巾のようになった頭のなかで考えていた
ちょうど境目あたりにいるのだろう、蛇つかいになったり蛇になったり、いや、蛇つかいも蛇も人間とはかぎらない、きょうはたくさん飲んだな、飲んだ、飲んだから、

タクシーで部屋に戻り冷蔵庫にあった烏龍茶2リットルを飲んでは吐き飲んでは吐きして鏡に映った真っ赤っかの顔を他人のように見てから寝てしまった

電車のなかでたまたま隣に座っただけのひとにどうしてもカタヤマの話をしたくてしたくてたまらなくなった
ユキオは相手の降りる駅を気にしながら一生懸命カタヤマの話をした
見ず知らずの者どうし、よくしゃべれるもんだし聞いているほうも聞いているほうだった
車窓に巨大な蛇の頭が流れていった
蛇たちは電車を追い抜くこともあれば電車に追い抜かれることもあった
まっすぐまえを向いているのかそういうふうに見えるだけなのか蛇たちの瞳がみなかわいらしかった
小一時間して相手が電車を降りた
車窓に顔をつけて完全に点景すら見えなくなるまで手を振った
遠ざかる相手のほうもちいさくちいさくなりながらずっと手を振っているのが分かった

スナックのカウンターのなかにはツジさんがいた
蛇つかいのような格好がすこしなまめいていた
ツジさんは占い師のようだった
ユキオの人助けをとてもほめてくれた
ユキオには人を助けた記憶などなかった
ツジさんが両手で水晶を磨くような仕種をしながら、電車のなかでです、と叫ぶように言った
そのひとはユキオがカタヤマの話をしてから三日ほどして亡くなられたらしかった
あなたに蛇つかいの話をしてもらえたから、三日のちの不慮の死を受け容れることが出来たのです、ツジさんがユキオに焼酎のソーダ割りを出してくれた
そのひとの顔を思い出すことは出来なかった
もう酒はちょっと、それよりオレをもっとほめてくれませんか、
イケダはユキオに酒をすすめた
一杯ずつ飲むからそんなこと言うんだ、2進法で飲まなきゃ、家で飲む酒なんてもんは川の水みたいなもんだろ、味気なくて重いだけだろ、上田くん、もっと腕をあげなきゃ、
コガネイ係長とポンプメーカーの工場長がむずかしい話をよこでしていた
そこに入りたかったが入れずに社長のカラオケに手拍子をうっていた
カタヤマのよこにはユキオがいて社長のカラオケに手拍子をうっていた
ヨシミもこのなかにいるはずだ
ユキオの身長ぐらいの太さの巨大な蛇に空間という空間が占領されていた
入口から顔を赤くした所長とシバタさんが入ろうとしてやめた
巨大な蛇が舌でふたりを絡めとって店のなかに引きずり込んだ
まわりはもう全員がちいさな蛇になって巨大な蛇のすき間から吹き上げられていた
ユキオはヨシミのちいさな手を拾ってそれにフリスクを握らせその混沌に投げ入れた
まったく効かなかったがユキオはさっきのは右手だったから左手があるはずだと思った
ちいさな蛇たちが無限の粒子となって吹き上げられて巨大な蛇の姿さえ分からなくなっていた

オレが蛇つかいになればいいんだよ、

ユキオはなんでこんな簡単なことに気づかなかったのだろうと思った
無限の粒子を吹き上げているのは風だった
ユキオにはその風がじぶんの精神に吹く風だと思えた
魂にでも、命にでも、心にでもなく、じぶんの精神に吹く風だと、そう思えたのである

オレが蛇つかいになればいいんだよ、オレが風になればいいんだよ、どうせオレに吹いている風さ、オレの精神に吹いている風、だから、

目覚めたのか起きていたのかもよく分からなかった
時計が3時をまわっていた






自由詩 続 蛇つかいたち Copyright 吉岡ペペロ 2010-03-29 07:40:44
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