雨が降っている
salco

雨が降っている
雨は私の屋根を打ち
  私の壁にしみ込んで来る
雨が私の枕を濡らす
  水というより、夜の、宇宙の体液だ
雨は、私のマスカラに降り
   私の服に降り
   私の靴に溜まって行く
また雨は、私のブラシに降り
     私の雑誌に降り
     私の歯医者の診察券に降り
     私の日記帳にも落ちて行く
雨は、母のピアノの上に降り
   母の遺骸にも降り骨壷にも降り
   私の胃の中を、涙のように作用して
   過去から過去へと降って行く
雨は、思い出の中から降ってくるように
   そのやはらかな手で私の心臓をすくい上げ
   思慮深く、愛撫のように締め付けている
   慈悲のように、私の毛布の上に降って来る
雨は、私の耳に、目に、咽に降り、
   私の乳房に、腹に、脛に降る
   無尽の体温の滴のようだ
   降っている 降って来る 降り透り、落ちて行く
   音もなく、ものやはらかに
   私の猫達の墓にも、夭折した私の笑い声にも
   浸透: 浸透圧: 透過
   音もなく 声もなく 私も横たわっている
雨は、宇宙から 過去から 体液のように 体温のように
   降って来る 降り注ぎ 降り透って行く
   私の作った箱庭の、物語にも人形達にも
   私の恋人のものやはらかな裸体の上にも
   その眠りの、凝固した憎しみの澱の上にも


自由詩 雨が降っている Copyright salco 2010-03-25 23:17:42
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