最初の音
高梁サトル


降りてくる朝の手綱を引いて
静寂の中にひっそり佇む戸口を叩く

小径を満たしてゆく血潮が瞼を温める
レンズの向うに産まれた半透明の結晶が
ぶつかりあって溶けてゆく

あらわれたひとつの流れの
離ればなれになった対岸に焦がれて
波が波を飲み込んでゆく
膨らんだ波紋が乾いた素足を誘う

蒸留酒を呷って沈む
小さな螺子がゆるゆると解れてゆく
輪郭を崩して同化する不定形の春
掌で踊る花弁によろめく
いつまでも訪れない夕暮れ

従順な指先が震えて
曇った薄い硝子を鳴らす
海鳥の真水を閉じ込めた水瓶が割れて
塞いだ耳から零れる嗚咽
欠けたまま埋め尽くされていく
すべて盗人のせいにして

部屋中にピアノの鍵盤を並べては
子供の遊戯に似せた狂気は
さても美しいメロディを奏でる
複雑な図形楽譜の終わりのダ・カーポ
疲れない精神と契約した
身体の表面に雨粒が幾つ降り注いでも
けして元に戻れはしないのに

幾何学模様の砂漠をゆく
鉱脈を探し続けたつるはしは折れて
焼けたブロンズの背中で見る夢の中
人魚の吐息が光芒で揺れている
i a a i e…
音を失った渇いた喉の奥で
七番目の幻想が歌っている
i a a i e o o u a n…



自由詩 最初の音 Copyright 高梁サトル 2010-03-24 21:41:47
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