柔らかい命を踏んで楽しんでいると
真島正人



柔らかい命を
踏んで楽しんでいると

いつも不思議な音がする

どこかから聴こえてくるような

すぐ近くのような

ものすごく遠くのような

友人が一人電話をかけてきて
「朝刊によると街は血だらけ」

らしい

僕の読む朝刊にはそんなこと
一行も書いていない

昨日、

朝からしとしとと雨が降っていて

それで体の調子が悪くって

午後から少し晴れたので
堤防まで歩いた

雨がやんだあと独特のあの
なんともいえない湿り気が

空気の中に閉じ込められていて

僕の鼻はくすぐったくてうれしい

堤防の下から
犬を連れた少年が上がってくる

堤防の上では
筋肉質の老人がジョギングをしている

僕は絵の中に連れて行かれたみたいだ

昔奈良県立美術館で見た
下手糞な

美大生たちの展覧会の絵



柔らかい命を
踏んで楽しんでいると

どんな美しい音律でも

調節できそうだ

できそこないだと思っていた僕の唇が
うわずって震え

唾を飛ばす

でも紡ぎだされるのは、美しい歌、

美しい旋律

歌の中に旋律があり、

旋律の中に歌がある

数年前用事があって東京のホテルに泊まったとき
僕は夜に一人で

ウィスキーをたくさん飲んでいた

コンビニエンスストアで買ってきた
角瓶を、

おいしくない
おいしくないとつぶやきながら

がぶがぶと飲んでいた

そのまま気がついたらベッドにも横たわらずに

眠っていて、

目が覚めたら朝だった

どんな夜にもちゃんと朝がやってくる

目覚めが

最高だか

最低だか

問題ではない

かえるの歌声が聴きたかった

僕は、
東京が好きになった



柔らかい命を
踏んで楽しんでいると

一杯の珈琲が

飲みたくなった

ホンの一杯入れるだけで

ぜんぜん一日の

気分が違う

花柄みたいにうれしそうな顔は
もうとっくに
わすれたけれど

一杯の珈琲が慰めてくれる

いたわってくれる

恵まれていることに
感謝し

恵まれていないことに
憎しみを感じ

爪の中の垢を

唇で舐め取ろうとする

そんな
一日があったっていい

僕が目を閉じると

すべてが引っ込み

僕が目を開けると

すべては色彩の世界だ

君の心の中で落ちている

小さな雨の雫を

僕は僕の胸に
当てはめることは出来ない

こうやって

ベッドに仰向けに眠りながら

呼吸をしているだけでも

宇宙はどこかで成長している

あるいは縮んでいる

僕は起き上がったら真っ先に

屈むだろう

屈託のない笑顔を

取り戻すために

もっと笑うために

とりあえずはにかんで
屈んでみるのだ

柔らかい命は

今日

そしてこれから

これまでの

僕のすべて

僕のすべては

解題されると

伸びて流れていく

僕は川

僕は海

君も川

君も海

君は落ち葉

君ははらはら

君を孕んだ

母親がいる

絵描きたちよ、集まれ!

みんなで描いてくれ

答えではない答えを


自由詩 柔らかい命を踏んで楽しんでいると Copyright 真島正人 2010-03-13 03:36:58
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