サから始まる語義凡例・ツ〜ナ
salco

妻 
 古い女の意。

 実質的にオバサンと同義であるが、年齢と関係なく属性に付帯させる呼称。
 その語感には老化による失墜ではなく心情的な不幸が投影されており、安堵
 と焦慮、妥協と不満、繁忙と退屈、癇性と鈍麻など、結合胎児のような葛藤
 腫瘤を錯綜的に孕んでいる女を意味する。主な棲息域は冷蔵庫とガスレンジ
 の間、アルバムとカレンダーの間、濡れ場と乾燥機の間。

 これに配偶者を対照させた場合、夫という男には古物臭よりも逡巡の響きが
 つきまとう。これは恐らく、常に北を指すペニスの磁石性に因るのであろう。
 彼は何かと放浪したい、旅行したいのだ。鉄道や地図マニアが多いのはこの
 為であり、切手・昆虫標本を始め愚にもつかぬ物体の蒐集癖も強靭なものが
 ある(=逍遙渉猟衝動)。
 
 女の場合、尻軽とは言うものの一般的に妻の方が浮気・脱倫になびきにくい
 のは、貞操観念やそれに類する社会性の欠如、また体型崩壊や色素沈着のゆ
 えではなく、立位では地面に向くヴァギナの性分と推察される。つまり彼女
 は産卵を担うべき雌鶏なのだ。だから散逸的享楽にプライオリティを置かな
 い。ひたぶるに待つ。形勢逆転を狙う。ローン完済後の不動産に居座る(=
 内助の功長期発酵)。


つまり
 高さがハローページ程度の演台。
 
 この語を頻用する人物は内省的でありながら軽薄で自己顕示欲の強い、応々
 にして鼻持ちならない独善家であり、短気なくせに常習便秘体質、上段に構
 えているくせ知能程度は低い。つまり私じゃん。


つもり
 未然・依然・完了で成る人生のあれやこれやに於ける見立て、衝立、金隠し。

 挫折前の夢、希望、自負の形態でもあり、挫折後のバンデージ的自己弁護・
 自己欺瞞の形質でもある。人生主体に深く食い入ったこの防衛機構がなけれ
 ば、現実の過酷さに晒され凡人はおおよそ生きる気を失くす。


つわり 
 悪阻と書く通り、母子間に於ける摩擦・対立、反感・憎悪を予兆的に象徴す
 る、懐妊時の生体拒絶反応。胎児の家庭内暴力、理由なき反抗。

 あるいは、父なる神(又は男なる父)を裏切り快楽追及に走ったイヴ子への、
 懲罰的陣痛(フランクフルトの罪≦鼻スイカの刑)を宣告する判決文読み上
 げ。一般的に妊婦は、このあぶり出し文字の朗読を柑橘類を噛みしめては聞
 く反復結審を強いられる。他に知られる異食は土、パルプ繊維、氷など。


纏足 
 中華人民共和国成立以前、清朝まで慣習的に行われた結索式女性去勢の一形
 態。

 現在はそこから隷属性を廃した自己愛の形式で、人間工学に反するハイヒー
 ルに於いて代行される(イネス※5 曰く、「忘れないでちょうだい、ハイ
 ヒールは女の子の友達よ」)。
 
 しかし脛毛と筋肉瘤を生じない女の脚に美があるのは確かであって、カカト
 浮揚はこれを引き立てる為の必要悪ではある。登山靴を履いた女などにそそ
 られるフェティシズムは一般的でない。美意識は人間の性であり文化の推進
 力であるから、ジャニーズ事務所も纏足も永劫不滅なのである。

 ※5イネス・リグロン モンゴロイドの中でもとりわけ体躯扁平、短足、ワ
   ニ脚の発生率が高い日本人女性を、ミスコンの世界レベルへ押し上げよ
   うと日々奮闘する高徳のフランス人女性。その矯正範囲は羞恥心から内
   省全般の除去に及ぶ為、本大会まで進んだ娘はしばしば高級娼婦と見紛
   うほど美しくなる。


父さん/倒産
 父さんという人間は、社会生活及びそこから得る糧を考慮に入れない場合は、
 ほぼ無意味な存在である。厳格であれば面倒くさく、迎合的ならば鬱陶しく、
 凡人は子の軽蔑・厭悪を買うしかない。有能であるに越したことはないが、
 傑物だと越え難さがムスコの膨張係数を戯画化する(父殺しの失敗を予告さ
 れた男の人生はしんどい。若い身空でレレレのおじさんにされるのだ)。
 存在意義としては表札程度が丁度よろしいのである。引っ越す時は取り外し、
 不要になればゴミ箱行き。

 父さんと倒産が同音なのは、よもや偶然ではあるまい。両者は社会経済とい
 う機構の中、密接な強迫観念で結ばれているのだ。
 父を冠した漢字で先ず頭に浮かぶのはおおよそ「釜」だろう。古来より竃
 (かまど)近辺は女の管轄の筈だが、この字に怒張陰茎の鉱物的硬度や生殖
 の穀倉たる金玉のメタファーが反映されていないとするならば、やはり具体
 的な生活保障という意味だろうか(入手した米を炊き、今日も打ち揃いて食
 う農耕民族の安堵)。それなら倒産父さんお金のためにオカマになった。こ
 の自己犠牲こそ父の道、との真理を言わんとしているとしか考えられない。

 母音で構成される日本語は、広辞苑を一瞥してあごが外れるほど同音異語が
 多いにも関わらず、対して母さんの同音語はない。これは偶然だろうか。
 一音違いでは破産があり、字足らずでは加算、家産がある。前者はネガティ
 ヴな状況だが後者は生産的響きを持ちポジティヴだ。これも偶然に過ぎない。
 一体に、女偏のつく漢字にろくな語義はない。これは男性社会に於ける女性
 解釈を端的に表しており、女とは蔑むべき誘惑であって、「股穴に入らずん
 ば孤児を得ず」とのたもうた君子が一方で、対象を性具としてのみ捉えた視
 点と嫌悪感を反映しているのである。

 しかし母となれば別物扱いで、「海」がその代表だろう。ダーウィンの種の
 起源どころか陸棲哺乳動物の起源さえも予測していたかのようなこの象形文
 字は、ありがたき母が浜に立つ成人男子の脅威たり得ないという情景をも我
 々に想起させる。羊水を吐き出し母乳を嘔吐した後に太陽の下すくすく勝手
 に育った男子は、こうして婚姻により母というモンスターとの葛藤を配偶者
 に丸投げし、晴れてその死を待つばかりとなる。
 「拇」印もまた自己証明の局面で使われ、現在はおおよそ親指ないし人差指
 を指す。すると父親に該当する指は一体どこになるのだろう。おーい、オド
 あんたどこさ消いだ? おらハの手えん中さ見つかんねだども!

 この概念はほぼ世界共通らしく、帰属意識が向かう国土も天体もおおよそ母
 胎と解釈されている。苦しいところで海神をポセイドンと言うように、男性
 は父権社会に於いてさえ、神格化されるや幽玄境へ飛ばされる運命にあるわ
 けだ。行ってらっしゃい、パパ。神なき現代、父よあなたは何処にいる。
 そう、父は背中で母は腹、子供達も大きくなれば爺となり婆となる。盆暮正
 月入学卒業温泉旅行、慶弔法会花見酒盛参集散開、概して子孫にとり役立た
 ずは前者を指す。


トカレフ
 極道御用達拳銃。

 単に入手経路の問題だろうが、コルトやリボルバーはやはり似合わない気が
 するのは何故だろう。その道の方々の足はボルボよりベンツ、チャカはやは
 り旧ソ連製が似つかわしい。スマートな場所から脱落したアウトサイダーに
 はいついつまでも、アタマ暗愚で人品無骨であって欲しいのだ。まして小利
 口なED野郎に満ち満ちた世の中では稀少な方々だ、防弾チョッキではない
 晒の心意気こそ美しい。

 因みに彼らが素肌にまとう倶梨伽羅もんもんは、示威というより堅気から自
 己を剥離する為の呪縛である。これで全国津々浦々の大浴場やホテルのプー
 ルを利用できなくなるという以前に、そこに彫られた伝説上の意匠はおのれ
 の理想像を仮託したユートピアであり、同時に彼をやくざな強がり、悪徳の
 しゃぶしゃぶにごまだれるコマンタレ・ヴーなのだ。このように強く、華や
 かにありたいと皮膚に死海文書を著し、堅気(異教徒)の生白い体と何変わ
 ることなく弱く、寂しく死ぬのである。
 だから彼らは西欧人やファッションで彫りを入れる若者と違い、自他のイニ
 シアルや名前(名彫り師の署名は別)を付す愚は犯さない。彼らにとってタ
 トゥーはセルフアイデンティティーではあれアイデンティフィケーションで
 はないのだ。一見アホでもそれだけの決意は持って体を張っている。比べれ
 ばユダヤ教徒の男子割礼などささくれいじりに等しい。

 花吹雪染めて散ります男道/月夜に影がすすり泣く/泣くなよしよしケツの
 穴/おんなの柔肌懐に/ドスのぎらりを惜別と/朝は暗夜の黄泉の国/健さ
 んあっしも参りやす
 おおペーソス、おとこ紅蓮の愚の極致。
 カラシニコフという名も遙かな郷愁を誘う。マグナムやAK突撃銃では興ざ
 めだ。思えば帝政ロシアもCCCPも哀切な超大国だった。農奴と凍死がつ
 きまとうからかな。マローズ、サハロフ、サモヴァール。ナホトカ、カリン
 カ、かわいやミーシャ。


豚汁 
 非洗練の譬え。しばしば一家団欒と同義。

 なぜ人がこれに郷愁を覚えるかというと、具材過多の雑味が家庭を髣髴させ
 るのだろう。あまつさえ表面に油膜が浮いている悪趣味を寿ぐ。
 京懐石や精進と対極のコンセプトから成るこれが、日本文化のホンネなのだ
 と私は思う。土俗性は洗練に向け階層化した文化土壌の基底に沈み込むので
 はなく、常に常に常に、人骨を充たしている髄なのだ。我々はネクタイを締
 めた先史人であり続ける。毛脛とボディペインティングに酔い痴れる、ここ
 に記号化し得ない人間の祝祭がある。

 
なに
 幼児に始まり老人に終る基礎言語、エトワス。

 これに名を与え意味づけする事で人間は世界を把握し地球を掌握して来た。
 乳児を見ても判る通り、意味のわからぬ事象だらけの世界で生きることは理
 不尽な屈辱でしかなく、9割方不快である。
 発語という発動機を手に入れてようやく、未知の森で子供は「これなあに?
 あれなあに?」と地歩を築いて水平線の彼方まで領土を拡大して行き、既知
 の片隅に置きやられた老残は、「ほら、何だ。あれするやつだよ」と、意味
 だけ把握していれば、まだ成人だと認めてもらえるのだ。たとえ眼前の母親
 が倅の嫁であろうと。

 
ナニ
 任意の語義から名前を剥ぎ取る隠語化に用いる「何」。

 通常の語と区別する為にカタカナで表記、発音を倒立させて使う。それによ
 りスカートや社会窓の内部などが相手にも可視となるわけである。
 実際、この語で代用される名詞はおおよそ野卑で身も蓋もないスラングばか
 りなので、頑是ない人々の前では披瀝が憚られ、尚かつおのれの品位をも貶
 める恐れがある。閨房活動を見られてクライシスのイカズチ親子に落つるが
 如しである。R18指定だが、成人間に於いてさえ眉をひそめられるほど意
 図で汚された言葉。
 
 最も強力なものとしては英語のITが知られており、代名詞としての本来的
 役割を超越して変幻自在に独立するこの語は、半開きの唇やブラックボック
 スにも似て淫靡な好奇心を掻き立てるに留まらず、見る見る巨大化し謎めい
 た魔力を放散してやまないブラックホールとなり、究極質量のエトワスとし
 て人間のみならず万物を吸引するに至る。
 THISの隷属性、THATの距離を持たぬこの語がセンテンスに付随しな
 い場合は、遭遇すると非常に危険であり、殊に探究心旺盛な人間にとっては
 命とりにもなりかねない。ITに魅入られて文脈を錯覚し、発狂した科学者
 や数学者、行方不明となった宣教師や探検家は数知れない(幸い、間接話法
 以前に理解の希釈汎用化・曖昧化が自動的に働く日本には、これに匹敵する
 語はない)。


散文(批評随筆小説等) サから始まる語義凡例・ツ〜ナ Copyright salco 2010-03-10 23:43:15
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