アンチヒロインの思い出
salco

そのばあさんは二十四坪ほどの敷地に長らく独居の身をやつしていたが
ある年、解体業者を入れて古びた二階屋を取り壊させた。
更地が深く掘られて型枠にセメントが流し入れられ鉄筋が組まれると、
近隣の主婦などは
「あらあ立派なお家をお建てになるのねえ」
などと頬に手を添えやっかみ半分の立ち話をしたものだ。

そうして四ヶ月ほどで出来上がったのが白亜の直方体であった。
高さは三階建てほどあろうか、鋼鉄のドアの他は窓一つない。
煙突が一本突き出ており、よく見ると幅一間ほどの木造小屋が隣接して
いる。
近隣の主婦などは
「あらあバリアフリーかしらモダンな造りねえ」
などと頬に手を添えやっかみ半分の立ち話をしたものだ。

さてある日引越し業者の四tトラックが横付けされ、家具類や衣装ケー
スなどが次々にその白い直方体に運び入れられる。
ばあさんの方は割烹着姿で甲斐甲斐しく小屋を掃除しカーテンなど吊っ
ている。
やがてタービンが回り出し煙突の先端から強い陽炎が揺らめきながら天
へ昇る。
そう、ばあさんは極めて燃焼温度の高い業務用焼却炉を新築したのであ
り、試運転を兼ねた老後の身じまいとしてまず己が人生の夥しいガラク
タと襤褸、それと保存に値しない若干の思い出を処分したわけである。
そして営々と払い続けて来た国民年金の実にお寒い支給額を補う為に役
所で恐るべき煩瑣な手続きを踏んで許可まで取り、民間ごみ処理業を開
業したのだった。

あれから早三年、小規模ではあれ二十三区の施設並みの処理能力を誇る
為、水分含有率の高い生ごみから木製家具、合成樹脂から小型家電製品、
店舗や事務所の事業ごみに至るまで、今では様々な不用品が一帯から持
ち込まれている。
ユニークなのは大きさ関係なく一律五十円という、利益を度外視したそ
の料金設定で、自治体の粗大ごみ回収や民間の不用品回収業者より破格
に安いので大繁盛、燃料は石油であるものの、発生する四千℃の高熱を
自家発電に変換し機械稼働部を含めた電力と風呂・冷暖房に還元してお
り余剰分は東京電力に売って収支はトントン、
近隣の主婦などは
「あらあ本当に近くてお安くて助かっちゃうわあ」
などと頬に添えることもなく手放しで喜ぶほどだ。

だから夜間もひっきりなしにごみが持ち込まれており、これは設定がま
た別で、ペットの生き火葬は比較的安価であるものの、浮気亭主の一物
や不始末の新生児、様々な理由により不要となった配偶者また扶養家族、
消し難い記憶や現実、またやみがたい慙愧・絶望の値段については公で
はない。応相談という噂もある。
こうしてばあさんはどんな行政機関や営利団体より地域経済の活性化に
寄与しつつ、安楽な老後の生活を少なくともあと二十年、齢八十七まで
楽しむのであった。


散文(批評随筆小説等) アンチヒロインの思い出 Copyright salco 2010-03-05 21:11:22
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