我らが日々を荒涼とするのか、老兵よ!
真島正人
目をそらした
愛の数は数え切れない
唇はいつも
濡れてふるえていた
恐ろしいもの
巨大なもののざらつきを
指先は認識していた
冷たい水の中に
氷を入れて
指を差し込むことに
似ているのだ
私はうれしかった
うれしくなるとなぜか
涙がこぼれた
※
でもそれは
ただの壁に過ぎなかった
壁の落書きは
日毎に変わっていった
変化と
変容
似ているようで違う
二つの言葉に
混乱するうちに私の
青春期は終わった
※
見えないものが
夜を切り裂いた
それは声でもあり
声でないこともあった
血液の中にも
声が潜んでいた
16歳の少女の胸に
耳を当てた
18の夜に
私は知り尽くしていた
細胞のこと
破裂のこと
愛のこと
器官のこと
それらすべてが
亀裂によって交わり
性の行為は
「崇高」に支配された
※
裁断されたのは
夜の街燈
私が目指したものは
干からびた海だった
照らされた光が
良いものであるのか
知る術もないが
やがて微笑んできた
分析と統計が書きこまれた
薄い書物が
※
喫茶店の一室だった
そこが私の部屋だった
逃げ込むことしか出来ないうちに
私は大人になった
私の体は
冷房の沁みのような
風に汚れ
私の瞳は
くすんでいた
私は叫び声をあげた
それが山彦になって帰った
私の遠い山は
いつも崩れていた
※
手のひらに砂はいらないと
友人の一人がつぶやいた
私は手のひらに
深い海が欲しかった
連絡網は
途切れていた
この世界と
私を結びつける紐は
薄くて美しい絹の糸だ
私は
欲しかった
電気とエーテルで
こさえられた鋼の
立体が
私はそれを
通じて
電話したかった
誰でもない
誰かに
※
朝が来て
私は起こされた
私の体には
水分が
空には
ちゃんと空が
あった
私の深い安堵は
私の体を伝い
この世界の湖に
沁みこんで行く
私が投げかけた波紋は
私という形たちをなして
そしてやがて同化するだろう
理を
書き込んだ
英知の書物が
すでに教えている
途切れ得ない暖かい波
※
こめかみが痛い
心が
疲労している
そして途切れた線は
私を締め付ける
なんだ、
目が覚めて改めてみると
これはただの
針金の線だ
私の大切な線は
別にある
※
我らが日々を
荒涼とするなかれ
老兵よ!
誰かの
つたない呟きが
投げ捨てられた!
ここは深い夜
漆黒の
波のさなかの
夜の小道だ
私は振り向いた
胸いっぱいの郷愁と
愛と
戸惑いをこめて
振り向いたのだ!
そこには誰もいない
投げ捨てられた
つぶやきだけが
宙に漂って
やがて消えた。
あぁ
これも
ひとつの愛だ!