アンテ


                  「メリーゴーラウンド」 9

  砂

砂が全部落ちてしまっても
ひっくり返せば
また最初から始まる
のがとても魅力的だった
いくつも窓ぎわにならべて
ときどき
順番にひっくり返して確かめた

さらさら さら

とても長いのぼりの坂道
振り返ると
ドアは消えてなくなっている
丘のてっぺんに円柱状のものが立っていて
月明かりがシルエットを描き出している
土を踏みしめて歩きながら
彼女とつないだ手が
こんなに心強いことに
今ごろやっと気づいた
とても冷たくて
でも とてもたしかな存在

さらさら さら

砂時計のひとつは
くびれた部分の形がうまくなくて
砂がすぐにつまった
ぼくとおんなじだって言ったら
彼女が怒って
たたき割ってしまって
うす黄色の砂が床じゅうに散らばった
今でもごくまれに
部屋のかたすみから砂粒が出てきて
そのたび
ちぇっと唇をとがらせる彼女が

そんな風に
彼女がいてくれることが
当たり前のように
毎日の一部になっていることに
お礼じゃなく
謝るのでもなく
ちゃんと気持ちを伝えなくちゃいけないって
わかっているけれど
でも言い出せなくて

さらさら さら

坂道をのぼりきる
円柱に近づいてみてようやく
正体が巨大な砂時計だとわかる
さっきから聞こえていた音の正体だ
くすくす くす
笑い声がして
砂時計の背後から
男の子と女の子がひょっこりと現れる
七歳くらいだろうか
ぐるぐる
二人で砂時計のまわりを回りだす
鬼ごっこをしているように
ぐるぐる
砂時計の砂はほとんど残っていない

ずいぶん前のこと
ひっくり返せばもとどおりだなんて
考え方はおかしい
って彼女は主張した
甘ったれたぼくの考えでは太刀打ちできなかった
会話が成り立たなくなると
彼女は淋しそうに部屋を出ていった
同じ量の砂が同じ時間で落ちる
現象はたしかにおんなじだけれど
砂の順番がちがうから
まるっきり一緒じゃない
気がついた時には手遅れで
それ以来ずっと
なんとなく話す機会がないままだった

くすくす くす

男の子が立ち止まり
女の子も立ち止まり

ヘンだ
なぜぼくに聞こえるんだろう
砂の音や笑い声が

ここは命が死んでまた生まれる場所
男の子が砂時計を見あげる
じゃあぼくはもう死ぬの?
女の子が首を振って彼女を指さす
つないだ彼女の手が冷たい
ウソだ
だれかが言った
いちど落ちた砂は二度と上側にもどらないの
砂時計の巨大な柱に歩み寄る
ガラスにひたいを押しつける
ひんやりと冷たい
彼女の体温とおなじくらい
冷たい

だって
彼女は
ぼくのために
あんなに

自分の時間を

ぼくの分の砂をあげて
そう言ったら
彼女に思いっきりほおを叩かれた
だって という言葉の
先がつづけられない

四人いっしょならなんとかなるかなぁ
だってドアが開いたのよ
二人に言われるまま
砂時計に八つの手を押し当てる
せぇの で力を込めると
円柱全体がかすかに揺れる
もっともっと
だれかが言う
必死に押しつづけると
円柱がゆっくりと動きだして
ゆっくりと傾いて
底が地面から離れた瞬間
ぐるん
とひっくり返った
四人とも勢いあまって転がる
腕を投げ出すと彼女の手に触れた
今までとおんなじ長さだけ生きられるのね
彼女の乾いた声
あと十五年とすこし
おしまいの日さえ計算でわかる

急がなくちゃ
男の子にうながされて立ち上がる
ここにいるとあなたの記憶がどんどん消えていくわ
女の子が指さした先にドアがある

ぼくが砂時計を好きになったのは
たぶん
記憶を失った後だ
目が覚めたときには
砂時計はひとつもなかったし
そもそも砂時計という物を知っていたかどうかすら
怪しい
あの時きっと
ぼくも ここで

帰らなくちゃ
彼女が記憶を全部なくしてしまう前に

彼女の手を取ると
ぎゅっと握り返してくれた
体温が近づいた気がする
ノブを回して
力を込めてドアを開ける
振り返ると
男の子と女の子が
砂時計のまわりをぐるぐる回っている
鬼ごっこをしているように
くすくす くす
本当に楽しそうに

さらさら さら
砂が落ちつづけている


                 連詩「メリーゴーラウンド」 9





自由詩Copyright アンテ 2004-09-28 01:56:21
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メリーゴーラウンド