お空を旅する
salco

五月の空を銀の気球が低く屋根瓦を掠めて
ありゃあ避妊サックの夢想のように見えますな!
ゆくりと気ままに、何処となし危なっかしくふらふらと
乗っているのは飛行服の方が本田征次郎
何とか云う触媒方面の研究をしていたらしいですが
なに、庄内の大きな農家の次男坊でさあ
道行に連れ出されてさくらんぼうの夢を見る
紅い綸子の着物の女は桑原モヨ又の名お絹
鮑貝から生まれ出た吉原ヸーナスと呼ばれた女でさあ
数え十九で芹沢の旦那に請け出されて囲われ者になり
箸も上げぬ暮しをしていたんだが
あんまり好いんで旦那、留守居の出入りを心配しましてね
闇医者にアソコを大きく裂かせちまったって話で!
それで夜な夜な禿げ頭を突込んでは
冒険家の夢に浸っていたそうなんですが、えゝ
お察しの通り或る晩、それで。
なに、あゝ見えたってモヨは生きちゃいませんや
新しい男と契ったところで、あの身体じゃどうにもならない
たゞ大きな目を見開いて、かわいい唇を少うし開けたまま
あゝして一緒に居たいのでしょうよ
地面から離れてね、あゝして低く飛び続けているので。
双眼鏡を構えた征次郎が時々話しかけているのは、まあ
どの町の上に来たのだか教えてやるのでしょう
土手を赤犬が歩いているよ、とか
追っかけて来る子らのみそっかすの下駄が脱げたよ、とか。
暮れ方になりますとね、小山の上か川っ原か、
そんな所に気球を降ろして、モヨを抱き下ろすと
竈をこさえて飯盒で飯を炊く、釣った魚を焼くこともある
それから畳んだバルンで寝るらしい
雨や風の日はこんな風に、屋根にして
それで征次郎は星座の物語を聞かせてやるんだそうでさあ
レダの話やケンタウルスの話、獅子座や双子座、乙女座蟹座
横たわったモヨは身じろぎもせず大きな目を開いて、
ぢっと夜空を見ているのだそうで


自由詩 お空を旅する Copyright salco 2010-02-17 02:07:28
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