今までどうしても言葉にできなかった
いつだってそれは眩しさと悲しみのイメージで立ち表れてくるし
僕の言葉はただ、その名から溢れ出るしかないものだから
それでも今日僕は綴る
八十年も泣かなかった人が泣き
寂しいと呟いたから
誤解も批判も全て受け入れるつもりで
誰にも読まれずとも心を映すつもりで
綴ることをどうか赦してほしいと思う
どんなに幸福が目の前に差し出されても
もう、帰れない人がいるから
まだ、帰れない人がいるから
帰れない場所
言葉に出せないほど愛したかった
僕らの生まれ島、
沖縄
□
その頃命は全部一つだったからね
誰もが皆、何も怖くなかった
立てなくなるほど殴られたけど
油にまみれて飛行機を見送れば
やがては幸せが来ると信じていた
当たり前だけど、いつかは帰るつもりだったから
□
玉が砕ける音を知っているかい?
仕方ないと解っていたけど誰も何も言わなかった
もう死ぬ事もできず泣く暇もなく解散になった
兵隊さんは皆汽車に乗るというから
荷物ひとつで一緒に乗ったら
その行き先に
僕の故郷の名前は無かった
□
皆帰っていった
僕はどこに帰ればいい?
皆素直で誠実で
何も知らなかったから
渡されたお守りを開けたら
砕け散ってばらばらになったと人づてに聞いた
「ケンミン、カクタタカへリ」
母よ、
友よ、
愛しい人よ、
僕は何の為に生き延びたのだろうね
命は宝だと言うけれど
独りぼっちには優しすぎて残酷だった
□
泣き方を知らなかった
泣いてはいけないと教えられたから
悪い事はしてない、生きる為という理由でも通るのであれば
死に物狂いで歩いていた
使い捨てだと言われたような命で
何をしたか、お前たちは知らなくてもいい
□
守るべき人ができても
可愛い子や孫に囲まれても
誰も入れてあげられない扉がある
鍵はどうにも錆び付いてしまって
六月になる度に曖昧な思い出だけが
壊れたビデオテープのように再生させられ
ため息でかき消して生きてきた
□
語るものなんてない
語れるような学問もないのだけれど
僕は確かに生きてきたのだ
忘れないでとは言わないから
この夜だけは聴いて欲しい
あれからもう何十年も経ったよ
それでもほら、
今だって自分でも呆れるくらいに
こんなにも寂しいのだ
温かくて幸せなのに
こんなにも寂しいんだよ
□
皆帰っていった
僕は何処に帰れば良かった?
ドルの島
左ハンドルの暑い島には
サンシンよりもロックが似合っていた
僕の故郷は何処へいったのだろう?
皆帰っていったけど
僕はどこに帰る?
僕の生まれ島は
おきなわ、
オキナワ、
okinawa、
沖縄
□
聞いてくれるかい、
聴いてくれるかい、
覚えていてくれるかい
僕は、ずっと
沖縄に帰りたかったんだよ
□
泡盛が優しくその日の彼を包んで
僕は泣きながら彼の寝息を確認する
明日はまた強い人に戻ってくれるだろうかと思いながら
沖縄、という
その言葉の複雑さに打ちひしがれるような思いでいる
知っていただろうか
この島の老人は誰もが皆、
優しい目の奥に誰にも語らぬ暗さを持っている
語らずに生きられるよう、明るく笑う強さを必死で身につけたのだと言う
それでも生きる今日に
怖さにも似た輝きがある
あの日青年だった彼は
八十になっても青年のままで
あの時したくても出来なかった事
―心の底から泣く、という事を
戦を知らぬ僕の前でしてみせたのだった