知らないし君の尋常
手乗川文鳥

ギトギトの君を、
ギトギトでヌメヌメの君と、
ギトギトでヌメヌメでベトベトの君が、
好きすぎて近寄りたくない気持ちを
恋と呼んでいいものか悩むから
もう夏だ
私は赤いニットのカットソーを握りしめて、
汗が布地に滲んでいくのを感じる



  どうでもいいけど部屋が汚くて死にそう
  てゆうか死んでる
  知らない人が
  死んでる



クリーミーマミのスティックは調子に乗って振り回してたらどこかにぶつけて割れた
3つ下のユキちゃんはテクマクマヤコンをテクマヤコンって言う
わぴこのラッパは里奈ちゃんがどこかにやってしまった
じたばたごまちゃんはもうじたばたしない
うさぎのぬいぐるみは赤い満月の夜に月に帰ったりしない
つまり私はもう大人になってしまった



全ての人に愛されなくていいから大好きな人たちに嫌われたくなーい!
そう思った瞬間に
胸のタイマーが今さら鳴り始めて、
私はもう地球にいられない
だから私たちは最後まで結婚しない
疎外しあうのが、好きだから!



  てゆうか部屋が汚い
  死んでる
  わたしが



おばあちゃんの最後の言葉は「パンおいしい」だった
健康を考えてお母さんが玄米のご飯を炊くと
戦争中に嫌ほど食べたもんをなんで今食べないかんのじゃと頑として食べなかった
拒絶されたお母さんの厚意は
私たちへ降り注いで
成長を促したり
阻害したりした
お母さんの三人のこどもたちは
みんな家を出ていった
最後に
私は逃げるようにして



お母さん、申し訳ないのだけど、
ここから先、お母さんは通行止めになっております
お母さんは引き返すか、回り道をお願いします
義理のお母さんも立ち入らないでください
お母さんのお母さんも
全てのお母さんは皆立ち入り禁止です
わたしが、その先で処女を喪失しているから
……あぁ!
母音に濁点をつけてまだ足りなくて首筋を噛む
処女の走馬燈のようです、お母さん!
お母さんの小さな群れがユニゾンで叫ぶ
「わたしは喪失なんてしない、私は解放するの!」
するのー!
するのー!
のー、
のー、


米粒みたいなお母さんたちを
人差し指で潰して
ティッシュで
処理して
いつも
終る





わたしが生き延びるために捨ててきた古いわたしの死体が散乱していて
部屋から
腐臭が
します
今赤いニットのカットソーを握りしめたまま
どこにしまえばいいのか途方にくれている私も
明日にはこの部屋に散乱する死体になる
お母さん、東京は
空に花、海に月、床にしかばね
わたしはもう
SEXのことをエッチと呼ばないし
お母さんになるあても
なくはないのです





自由詩 知らないし君の尋常 Copyright 手乗川文鳥 2010-02-08 03:09:37
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